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21話 属性アップ訓練(水母編)1

 足を踏み入れた瞬間、なんとも爽やかな空気が全身を包む。

 湖全体から吹き抜ける風は一息吸うだけで胸の奥まで澄んでいくようだ。 まるで清浄な魔力に満ちた聖域に迷い込んだかのような、そんな湖の試練場だった。


 眼前に広がる湖面には夕日が反映し、あたり一面が金色に染まる。 ”幻想的”な景観だった。


「えー、ここは水の属性強化を行う場所、通称”揺藍湖(アビス・レイク)”です。 訓練場は湖全体になっています。 湖には魔力が満ちているため水位が変動しますから、周りの変化に十分注意してください」」


「キレー、訓練じゃなかったら最高なのになぁ」

「だね、遊びに来たかったなぁ」


 生徒たちが、口々に”深潮の揺藍湖(アビス・レイク)”の美しさを絶賛する。

 しかしステラは湖の水を手ですくうと、難しい顔になる。


「……これだけ魔力を含んでいると、魔法の行使が容易だろうな、いや、使用する基礎魔法も一段上のものが出来るかも…」



「そうそう私としたことが、これを皆さんに渡すのを忘れていましたね」


 そう言って講師は青い魔石がはめ込まれた"ブレスレット"を1人ひとりに手渡していった。


「これは万一湖に落ちて溺れた()()()な生徒を砂浜まで運ぶ、水の魔術が自動で発動する仕組みになってます。 いわば”水版の救命結界”ですね」

 あまりに辛辣な講師の言葉に、生徒の何人かが眉をひそめる。


「先生、マヌケは言いすぎーー、湖に落ちたらマヌケって……」

「水属性の訓練場で落ちて溺れるのですから、マヌケと言ったまでです。 それに落ちたら、ではなく落ちて溺れたら……ですよ」

 講師はそう言って、湖の方を指差した。


 ザバーーン!!


 突如巨大な水柱が上がったかと思うと、中から鋭い歯を持つ水棲の魔物が姿を現した。


「なっなんですか?あの魔物は!?」

「むっ無理無理無理ーーい!!」


 何人かの生徒が魔物をみて混乱した。

 地獄の訓練場に連れて来られたと思ったら、絶景のリゾート地だった。と思ったら、生死をかけたサバイバル会場だったのだから無理もない。


 講師が水柱が上がった正体を説明した。


「アレは深牙水獣(ディープ・ファング)、2〜3メートルの魔物だね、この揺藍湖(アビス・レイク)の中層〜深層に生息していて魔力の揺らぎを敏感に察知して襲いかかって来る」


 そして講師はにんまりと笑うと聞きたくなかった情報まで教えてくれた。


「口には鋭い逆向きの歯が並んでいて、一度噛みつくとなかなかは無さいないし、2〜3体が連動して襲ってくるからまず無事では済まないね」



 足を踏み入れた瞬間、湖全体から吹き抜ける清涼な風が肌を撫でた。 講師の説明によれば、水属性強化のためには揺藍湖(アビス・レイク)の中心まで“歩いて”進む必要がある。

 そのために配られた青い魔石のブレスレットは、この湖の水は強い属性を帯びていて、身に着けた者の魔力を媒介にして湖の水を弾く球体を生成する仕組みらしい。



 ステラは講師の言葉を聞き、この訓練場の目的を推察する。

 (ブレスレットに込める魔力量が多ければそれだけ球体は大きくなるが、魔力の消費も増える。 …単に効率のいい大きさの水球を作り出せばいい? 魔力のコントロールを身に着けるのが目的なのか?)


 講師の説明が終わると、我先にと何人かの生徒が湖へ足を踏み入れていく。


「おお! 本当に水球が勝手に作られたぞ!」

「うわーー!、キレー。水の中ってこんなに幻想的なんだ!」

「お前、そんなに水球を大きくすると必要魔力量が大変なことになるぞ」

「あ、そうか。湖の中心まで行かないとダメだったな」


 透明な水が光を反射し、足元から天井まで淡い青の揺らめきが広がる。 その幻想的な光景に、生徒たちの声が一気に弾み、訓練場は活気づいた。


 一部の生徒はステラと同じく状況を冷静に分析し、必要最小限の魔力で小さな水球を作り出していた。 長期戦に備え、魔力の消費を抑えるのは判断として正しい。


 しかし、この静かな感動も本当に一瞬だけだった。

 生徒たちの感動の声は、すぐに悲鳴へと変わる。


「うわ! くっ来るなーー!!」

「きゃぁ!! やだやだ!!」


 ズガッ! ガン! ガガッ!


 深牙水獣(ディープ・ファング)が次々と水球へ体当たりしてくる。

 安全と解っていても、自分より大きな魔物が真正面から突進してくる恐怖は別格だ。 しかも一体ではなく、複数が休みなく襲いかかってくる。


 必要最小限の大きさで水球を作り出していた生徒たちは、迫力に圧されて腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。 ……ただ二人を除いて。


「ふぅ~ん。どんなに強力な攻撃でも、水球は破られないのか…」 


 ステラが声のした方へ視線を向けると、一人の男子生徒が涼しい顔で、水球に噛みついている深牙水獣(ディープ・ファング)を、水球越しに指でつついていた。

 (どんな神経してるんだ? 万一水球が破れたら、その指は食いちぎられるんだぞ…)


「エリアス、お前怖くないのかよ…」


 (エリアスって言うのか。そういえば居たなぁ……ほとんど喋らないし、存在感が薄い……)

 自分のことは棚に上げて、ステラはそんな感想を抱く。


 ほとんどの生徒は恐怖に負けて、水球に必要以上の魔力を込めて大きくしていた。 そのおかげで深牙水獣(ディープ・ファング)の恐怖はほとんど消え、っき腰を抜かしていた生徒でさえ強がりを見せるほどだ。

「へっへん! 水球が壊れないなら、魔物なんか敵じゃねえ!」


 だが、エリアスに対する評価はそこで終わらなかった。


 ステラがじっとエリアスを眺めていると、一匹の深牙水獣(ディープ・ファング)がエリアスめがけて突進してきた。 水球にぶつかる瞬間、エリアスの魔力が一気に膨れ上がった。


 メリッ!!


 水球が瞬時に膨張し、深牙水獣(ディープ・ファング)は弾き飛ばされる。


 ステラは思わず息を呑む。

 (ただ魔力を増やしたんじゃない。 衝突の直前、ほんの一瞬だけ水球内の密度を上げて、反発力も強化した……?  そんな芸当、訓練生が咄嗟にできるものじゃない)


 エリアスの水球は、弾き返す一瞬に、魔力の密度も引き上げている。


 (魔力制御が精密すぎる…… 水属性の扱いに、ボクよりも“長けている”? いや、それ以前に――)


 ステラはエリアスの横顔を見つめる。

 (……彼は本当に、同じ一年生なのか?)

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