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20話 属性アップ訓練(炎帝編)3

 訓練場の空気が、一瞬で張りつめた。 炎の羽ばたきが空を裂く。


 現れたのは、不死鳥フェニックス

 その翼がひとたび羽ばたくたび、灼熱の風が地面を焦がし、周囲の魔力すら揺らめかせる。 ただ存在するだけで、場の全員が息を呑むほどの圧倒的な威圧感だった。


 そんな怪物を前にしても、ルキアーノは一歩も引かず、むしろ静かに、確信を宿した声で言った。


「ベリッサ嬢。目の前の不死鳥は難敵だ。だが、()()()なら倒せる。」

「はっ、はいっ、ルキアーノ様……! 私たちなら……ですね」


 返事をしたベリッサは、恐怖で震えていなかった。 それをルキアーノはさすがは伯爵令嬢だ。 と見直していた。

 しかし次の言葉はルキアーノの想像を斜め上にいっていた。


「え、えっと……わ、わたくし……! 好きな食べ物は甘いもの全般でして……

 特技はお裁縫と、あと、ルキアーノ様のお役に立つことで……!」


 不死鳥の咆哮が響く中、ひとりだけ堂々と“自己紹介”を始めるベリッサ嬢。

 その瞳は炎の怪鳥ではなく、隣に立つルキアーノの横顔だけを追っていた。


「いや、ベリッサ嬢……敵はあっちだよ、気を抜いてると(不死鳥の炎で)火傷をしちゃう」

「はっ、はいっ、分かってます……! 気を抜いたら…… (ルキアーノ様のお姿に、心が)火傷しちゃいますね……♡」


「むぅ~、あそこまで行くとある意味、不死身だね……」

 ミアは悟ったような顔で、ベリッサを見つめていた。


 とはいえ、ベリッサが溶岩の河にダイブできるのは、本当に不死身だからではない。

 あれは、強力すぎる自己暗示の産物にすぎない。


 時として、強い思い込みは身体にまで作用する。 “よく効く薬”と言われて飲んだら本当に症状が軽くなる…… そんな話があるように。


 ベリッサの場合は、脳内ルキアーノとのラブラブ妄想が暴走し、目の前の溶岩の河すら、オーシャンビューのビーチに変換されてしまっていた。


 あら……なんて素敵な光景なのかしら。


 足元で赤く揺れるそれを見た瞬間、ベリッサの胸はきゅん、と高鳴った。

 現実では、地獄のように煮えたぎる溶岩の河に、熱気で肌が焼けるはずの危険地帯。


 けれどベリッサの目には、夕陽に照らされたオーシャンビューのビーチにしか見えなかった。


 波のように揺れる赤い光。 潮風のように感じる熱気。 そして……


(ルキアーノ様……! こんなロマンチックな場所に、私を連れてきてくださるなんて……!)


 頬が熱くなる。 いや、熱くなっているのは溶岩のせいなのだが、ベリッサは完全に恋の熱だと信じて疑わなかった。


 足元の溶岩石は、彼女の目には白い砂浜に映っている。


 (ああ……手を引かれて、二人でビーチを歩くなんて……! 途中で足を滑らせて、ルキアーノ様に抱きとめられて…… そのまま…… きゃああああ!!)


 妄想が爆発し、視界がさらにバラ色に染まる。


 現実では、足を踏み外せば即アウトの危険地帯。 だがベリッサの脳内では、恋愛イベントのチャンススポットにしか見えなかった。


 (ルキアーノ様……今なら、誰も見ていませんわ……!)


 うっとりと身をよじりながら、ベリッサは一歩、また一歩と“ビーチ”へ踏み出す。



「凄い……」

 ミアがベリッサを見て感嘆の声を上げた。


 というのも、足場は不安定、頭上からは炎の不死鳥による火炎攻撃。下からも上からも、一瞬の油断が命取りになる状況だというのに……

 ベリッサは、ルキアーノをお姫様抱っこしたまま、すべての攻撃を華麗に避けていたのだ。

 無数の火炎は、まさにふぐ刺しと言われる芸術的な弾幕だった。その隙間を、彼女は1ドット単位で縫うように回避していく。 アドレナリンは完全にドパー!状態だった。


 しかしルキアーノとの現実逃避(ハネムーン)にも限界が来ていた。 足元からはぶすぶすと煙が立ち、身体のあちこちには火の粉がまとわりついている。


「ルキアーノ様……ベリッサはもう駄目です。 弱音を吐くこんな私を……どうかお許しください……」


 そう言って彼をそっと降ろすと、ベリッサは膝から崩れ落ちた。 最早、立っていること自体が奇跡のようだった。

 しかしそんな彼女に、ルキアーノは真顔で言う。


「ベリッサ嬢、こんなことで弱音を吐くなんて君らしくない。 僕の知っている君は ”不死鳥の弾幕を神業で避けて、眼前から最大火力で屠る” ()()()淑女だよ」



「うわ~~、ひくわ~~」

 ミアが、台所でカサカサ動くGを見たような目で親友の兄を見つめているその横で……



 ベリッサはぴくり、と動いた。


 倒れ込んでいたはずの彼女の指先が震え、次の瞬間、まるでスイッチが入ったかのように勢いよく跳ね起きた。


「……っ! ルキアーノ様が…… ルキアーノ様が…… “()()()()()”って……言ってくださったぁぁぁ!!」


 ギュイイインン!!

 背後で謎のエフェクトが炸裂し、ベリッサのHPバーが一気に全回復したように回復した。


「復活した!? 今の完全に死にかけてたよね!?」

 ミアが素で叫ぶ。


 ベリッサは胸の前で両手をぎゅっと握りしめ、頬を真っ赤に染めながら立ち上がった。


「ルキアーノ様……! ベリッサ、もう一度戦えます! いえ、むしろ今の私は…… “愛の超回復”状態です!!」


 その背後で、炎の不死鳥が再び火炎弾を構える。


 だがベリッサはまったく怯まず、むしろキラキラした目で不死鳥を見上げた。


「来なさい……! ルキアーノ様に“可憐”と言われたこの私が、あなた程度の雑魚に負けるわけがありませんわ!!」


「いやいやいやいや!!」

 ミアが全力でツッコむ。


「さっきまで“もう駄目です”って言ってたの誰!? 愛はエリ〇サーじゃないんだよ!!」


 ルキアーノはというと、相変わらず涼しい顔で腕を組んでいた。


「うん、やっぱりベリッサ嬢はこうでなくては」

「兄さんの感性が一番怖いんだけど……」


 ミアは頭を抱えた。


 ルキアーノが身構え、ベリッサがその横に立つ。

「ルキアーノ様、私が魔力を練り上げるまで、あのフライドチキンの気を引いてください」

「解った、気を引くのは得意だから任せておいて。でもお腹が減っている時にその名前はやめて」


 ルキアーノが不死鳥の前にたち、不死鳥の気を引くために

 わざとバランスを崩したように、ぐらついて見せた。


 クゥオォオーーン!!


「おっととっと。うおっ!! やべっ」

 ……前言撤回、ルキアーノのあの様子は、本当にバランスを崩していた


 ルキアーノは不死鳥からの火炎弾を絶妙なバランスで避け続ける。

 そしてベリッサは、その間に魔力を……


「ああ、ルキアーノ様、危ない! ダメッ、そっちは…きゃぁ 怖くて見ていられません」

 ベリッタは…魔力そっちのけでルキアーノを見守っていた。


「ベリッサ嬢、そろそろいいかい?」

「え?あっ、はっはい! もちろんです。お任せください」

 もちろん、お任せ出来る状態に無いのだが、ルキアーノに言われたら、忘れていました…などと死んでも言えなかった。


「今だ! ベリッサ嬢!!」

「あっ…はい! えーとえーと、愛の獄炎葬ラヴリー・ヘルバーナー


 ベリッサが両手を広げ、前方に魔力を集約し始める。 赤い魔力が渦巻き小さく濃くなってゆく。


 不死鳥が、ベリッサの魔力に気づき、彼女に向かい突進してくる。


 キアアアアアーー!! 


「ベリッサ嬢、逃げろおぉ!!」


 不死鳥が近づくにつれチリチリと肌が熱で焼ける。

 見る見る不死鳥の顎が目の前に迫る、ベリッサが飲み込まれる!


 その瞬間、大地が震えた。 空気が焼け、世界が一瞬で“赤”に染まる。

 彼女の足元から黒い炎が噴き上がり、まるで地獄の底が口を開けたかのように広がっていく。



 獄炎葬──

 空間が歪むほどの熱量が凝縮し、黒炎は渦を巻きながら天へと伸びていく。


「……沈みなさい」


 ベリッサの低い声が響いた。

 次の瞬間、黒炎の渦が一気に収束し、巨大な火柱となって敵を包み込む。


 ゴオオオォォォォ!!

 爆ぜるような衝撃。

 そして、世界が一瞬だけ静止した。


 やがて、炎がゆっくりと消えていく。 後には焦げ跡すらない完全な無。

 後には溶岩の地面がそこにあった。

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