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12話 カトレアの陰謀2

「いまいましい……あの平民と、アンナ・ミラージュ」


 カトレア・ドロワーズ令嬢は、アフロのように膨れ上がった髪を魔法で整えながら、鏡越しに忌々しげに吐き捨てた。

 怒りで頬がひくついている。


 だが――ふと、彼女の表情が変わる。 何かを思いついた瞬間の、あのいやらしい笑みだ。

「……そうだわ」


 唇の端がゆっくりと吊り上がる。


「アンナのフルートを“あの平民が壊した”ことにしてしまえばいいのよ。 アンナはあのフルートを“母親の形見”だと言っていたわね。 そんな大切なものを壊したとなれば……平民風情に弁償なんてできるはずがないでしょう?」


 カトレアはくすりと笑い、扇子で口元を隠した。


「ふふ……これで、あの二人の絆も終わりだわ」


 そう呟くと、彼女はすでに呼び出していたアンナと同室の令嬢イザベル・クロイツ のもとへ向かった。



「イザベル。貴女に、ちょっとお願いがあるの」

「な、何でしょうか……?」


 呼び出された令嬢は、明らかに身構えていた。


 ――つまり、カトレアがこうした“お願い”をするのは今回が初めてではない、ということだ。

 カトレアはわざと優雅に微笑み、扇子を軽く揺らす。


「そんなに警戒しなくていいのよ。 ただ……アンナさんの《星影リュート》の魔石を、少し“弄って”ほしいだけ。 音が増大するように調整しておいてくれればいいの。 ――内緒で、ね?」


 最後の「内緒で」の一言で、令嬢の顔色がさっと変わった。

 何か良からぬことをさせられる――それが明白だった。


「でっ、でも……あれはアンナさんがクローゼットに大事にしまっているので、無理です……」


 呼び出された令嬢は、両手を胸の前でぎゅっと握りしめながら、震える声で答えた。

 カトレアが何か良からぬことを企んでいる――それは明白だった。


「まあ、確かに“普段”は無理でしょうね。でも……アンナさん、お風呂に行くとき学生証は持っていかないでしょう? クローゼットを開けるチャンス、あるんじゃなくて?」

「い、いえ……でも……」


 令嬢は必死に抵抗しようとするが、言葉は弱々しく、目は泳いでいる。

 ――つまり、これまでもカトレアに似たような“お願い”をされてきたのだ。


 カトレアはため息をつき、ついに奥の手を出した。

「そういえば……あなたのご実家、今月の返済が滞っているみたいね?」

 令嬢の顔色が一瞬で青ざめる。


 カトレアは扇子をゆっくり閉じ、にっこりと微笑んだ。


「私の言うことを聞いてくだされば……お父様にお願いして、少し返済を待っていただくように取り計らってもいいのよ?」

 その声音は甘く、しかし逃げ場のない“圧”があった。 令嬢は唇を震わせながら、ついに視線を落とした。


「……わ、わかりました……カトレア様……」


 カトレアは満足げに微笑み、扇子で口元を隠した。

「ふふ……良い子ね。では――“内緒で”お願いするわ」



 夜の寮。 アンナが「ちょっとお風呂行ってきますね」とタオルを抱えて部屋を出ていった。


 ――今だ。

 イザベルは、緊張で手を震わせながらクローゼットを開けた。 そこには、丁寧に布で包まれた《星影リュート》が静かに眠っている。


「ご、ごめんなさいアンナさん……でも、カトレア様が……!」

 イザベルは震える指で魔石に触れ、細工用の小さな魔導ピンセットを取り出した。


「よし……いまなら……」

 魔石にピンセットを近づけた、その瞬間。


 ガラッ!

「イザベルさん、シャンプーどこ置きましたっけー?」

  挿絵(By みてみん)

「ひゃあああああああああ!!?」

 イザベルは反射的にリュートを背中に隠す。


「な、な、な、なんでもありません!! あっ、シャンプーは、その、あの、窓の外です!!」

「窓の外!? なんで!?」

「い、いや、その……風通しが……?」

「???」


 アンナは首をかしげながら去っていった。 イザベルは膝から崩れ落ちる。


「し、心臓が……止まるかと……」


 気を取り直し、再び魔石にピンセットを近づける。


「今度こそ……!」


 ガラッ!!


「イザベルさん、ボディソープが切れてて――」

「ぎゃあああああああああああ!!?」


 イザベルはリュートを抱えて高速回転し、なぜか机の上に置いてあった花瓶を持ち上げる。


「こ、これは……花瓶の……メンテナンスを……!」

「花瓶ってメンテナンス必要なんですか?」

「い、いえ……必要ないです……」

「???」


 アンナはまた首をかしげて去っていく。 イザベルは机に突っ伏した。


「む、無理……心臓が三つくらい増えた気がする……」


 イザベルは涙目になりながら、三度目の挑戦。


「お願い……今度こそ静かにしてて……アンナさん……!」


 魔石にピンセットを近づけ――

 ガラッ!!!


「イザベルさん、背中流してほし――」

「ぎゃああああああああああああああああああああ!!?」


 イザベルはリュートを天井に掲げ、なぜか宗教儀式のように振り回し始めた。


「こ、これは……星影リュートの……浄化儀式です!!」

「そんな儀式あるんですか!?」

「い、いえ……ありません……」

「?????」


 アンナは完全に混乱しながら去っていった。 イザベルは床に倒れ込み、天井を見つめた。


「……もう無理……カトレア様の命令より……アンナさんの生活音の方が強敵……」



 イザベルは、部屋に戻るなりカトレアの前にぺたんと正座した。

 カトレアは扇子を開き、優雅に問いかける。


「で? うまくいったのかしら、イザベル?」


 イザベルは震える声で答えた。


「そ、それが……あの……」

「なに? はっきり言いなさい」


 イザベルは覚悟を決め、勢いよく顔を上げた。


「アンナさん……お風呂から、何度も顔を出してきて……!」

「……は?」

「そのたびに、あの……タオルが……ずれて……!」

「…………」

「わ、私……見ちゃいけないと思って、でも見ちゃって……!」

「………………」


 カトレアのこめかみがピクッと跳ねた。


「イザベル。 わたくしが聞きたいのは、アンナの“タオル事情”ではなくてよ?」

「で、でも……アンナさん、すごく……その……スタイルが……!」

「言うなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 イザベルがジェスチャーでアンナのスタイル、特に胸の大きさを表すと、カトレアが扇子を床に叩きつけた。


「なんであなたは毎回毎回、必要のない情報だけ正確に拾ってくるのよ!! わたくしが知りたいのは魔石の細工の進捗であって、アンナの……アンナの……っ!」


 カトレアは顔を真っ赤にし、悔しさで震えた。


「アンナの胸の大きさなんて聞きたくなかったわ!! なんであの子、あんなに……っ! わたくしより……っ! くぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 カトレアは床に突っ伏し、扇子をバンバン叩きつけ、イザベルは涙目で手を合わせた。


「ご、ごめんなさいカトレア様……! でも、どうしても目に入っちゃって……!」

「入れるなぁぁぁぁぁ!! あなたの目は飾りなの!? 閉じなさいよ!!」

「む、無理ですぅぅぅ!!」


 カトレアは荒い息をつきながら、床に倒れ込んだ。


「はぁ……はぁ……もう……アンナのせいで……心はぼろぼろよ……」


 しかし――イザベルがぽつりと続けた。


「で、でも……魔石の細工は完了しました…… 音が暴走するように、ちゃんと……」

「……え?」

「成功しました。 アンナさんの《星影リュート》は、次に弾いたら……」


 イザベルが言い終わる前に、カトレアは勢いよく立ち上がった。


「ふふ……ふふふ……ふふふふふ!! もう勝ちは決まったも同然ね! あの平民とアンナの泣き顔が目に浮かぶわ!」


 勝ち誇った笑みを浮かべるが―― 


「……っ!」


 床に崩れ落ち、震える声で叫ぶ。


「アンナの泣き顔より…… 豊満な胸が……脳裏から離れないのよぉぉぉ!!」


 カトレアは床をバンバン叩きながら泣き叫んだ。

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