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11話 カトレアの陰謀1

 昼下がりの鐘が鳴り、セレナたちは〈響律教室〉へと足を運んだ。

 普通の教室とは違い、扉を開けた瞬間に、空気そのものが震えているのがわかる。 壁には魔法陣が刻まれ、天井には音を吸収する黒い結晶が浮かんでいた。


 教壇に立つのは、銀髪の女教師、響律魔導師と呼ばれる専門の講師だ。

 彼女は指先で空をなぞると、淡い光の五線譜が宙に浮かび上がる。


「今日の授業は、得意な楽器を演奏してもらいます」


 その言葉を聞いた瞬間、セレナは胸をどん、と叩いた。

「特異な(ユニークで珍しい)楽器ですね、まかせてください」


 響律魔導師の目がぱあっと輝く。

「んまー!やる気のある子は()()()よ」


 セレナは”大好物?”と一瞬だけ首をかしげた。

 少しだけ違和感を覚えたが、特に気にする事もなくスルーした。



 講師が「では、各自準備を」と告げると、

 待ってましたと言わんばかりに、生徒たちは一斉にケースを開き始めた。


 赤いドレスの令嬢が、細長い箱をそっと開く。


「こちらは《水紡笛すいぼうてき》ですわ。 吹けば、水の粒が音に合わせて舞うの。王都の演奏会でも高く評価されているのよ?」

 実際、彼女が軽く吹くと、透明な水滴がふわりと宙に浮かび、 光を反射して宝石のように輝いた。


「皆さん、見てくださる? これがドロワーズ家の《風華竪琴ふうかたてごと》よ。 弾けば風が花の香りを運んでくるの。王都の流行は“軽やかさ”が命なのよ?」

 彼女が弦をはじくと、ふわりと甘い香りが漂い、周囲の令嬢たちが「素敵……」とため息を漏らす。


 アンナは、そっと古びた木製ケースを抱きしめる。

 母の形見である《星影リュート》。 今ではもう作られていない、古い時代の楽器。

 周囲の視線が集まる。 カトレアが、わざとらしく首をかしげた。


「まあ……アンナさんの楽器、ずいぶん“古風”ですこと。 まさか、それで演奏なさるの?」


 その声音には、明らかな嘲りが混じっていた。

 アンナは深呼吸し、静かに答える。


「……はい。これが、私の大切な楽器ですから」


 その短いやり取りだけで、令嬢たちなら誰でも“二人の間に確執がある”と気づいただろう。

 だが、セレナ にはそんな空気は一切伝わらない。


「わぁ〜、かっこいい!!」


 場の緊張を吹き飛ばすような素直な声が響いた。 そして、彼女は自分の楽器を抱えてずいっと前に出る。


「ねえ、私の楽器も見て! “リフレクトマッシュルーム”で作った《返響菌ホルン》なんだ。 音が螺旋状の管を通るとき、不思議な響きになるんだよ!」

「何ですの? その楽器……初めて見ますわ」


 令嬢たちが、珍しいものを見るような目でセレナの《返響菌ホルン》をまじまじと観察する。


 注目を浴びたセレナは、得意げに胸を張った。

「これはね、“リフレクトマッシュルーム”って魔物の中身を全部取り出して、三日くらい陰干しするの。

 でね、中身を炭火で炙るとすっごく香ばしい匂いがして…… そこに黒滴こくてきを少し垂らして食べると……」

「ま、魔物……?」

「ちょっと、聞いた? 魔物の“中身”ですって……」

「いやですわ、そんなおぞましいものを楽器に……!」


 令嬢たちが一斉に顔をしかめ、扇子で口元を隠しながらざわついた。 “魔物素材”と聞いただけで、彼女たちの表情は露骨に引きつる。


「こほん!」


 説明がいつの間にか“美味しい食べ方”に変わり、さらに令嬢たちの悲鳴めいた反応が広がりかけたところで、講師が大きく咳払いをした。


「……セレナさん。今は美味しさではなく、音色の素晴らしさを聞かせてください」

「……あっ、そっか!」


 セレナは“しまった”という顔をして、慌てて返響菌ホルンを小脇に抱え直す。


 令嬢たちはまだ、

「魔物の中身なんて……」

「本当に吹けるのかしら……」

 と、扇子の陰でひそひそと囁き合っていた。


 だがセレナが息を吸い込み、そっと吹き始めた瞬間。

 音が、空気を変えた。

挿絵(By みてみん)

 最初の一音は、柔らかく、澄んだ水滴が落ちるような響き。 それが螺旋状の管を通るうちに、音は二重にも三重にも重なり、まるで教室の中を光の帯が駆け抜けるように広がっていく。

 反射する音が壁を跳ね、天井で舞い、やがてひとつの旋律となって戻ってくる。


 ――透明で、温かくて、どこか懐かしい。


 魔物素材だと侮っていた令嬢たちの表情が、驚きへ、そして魅了へと変わっていく。


「……なに、これ……」

「こんな音、聞いたこと……ない……」

「魔物の楽器なのに……こんなに綺麗……?」


 誰もが息を呑み、ただ音に耳を傾けるしかなかった。 セレナは嬉しそうに、しかし真剣な顔で吹き続ける。

 返響菌ホルンは、彼女の息に応えるように、音を反射し、重ね、広げ、まるで生きているかのように歌っていた。


 最後の音がふっと消えたとき、教室にはしばらく、静寂だけが残った。



「ブラボーーー!!」


 講師が勢いよく拍手を送る。 そのまま前へ進み出て、興奮を抑えきれない様子でセレナを見つめた。


「皆さん! 音の層が三段階で響いていたのが分かりました? 返響菌ホルンは通常、音を“反射”するだけ。でもセレナさんの演奏では、反射 → 増幅 → 再構築 この三つが同時に起きていたのです」


 講師の言葉に生徒たちがざわつく。


「これは、セレナさんの息と魔力の波形が、菌糸の振動周期と完全に一致していた証拠です。 普通はね、菌糸が暴れて音が濁るんですよ。扱いが難しいから、研究者でも手を焼くのに……」



 そして、感極まったようにアンナがセレナへ歩み寄った。


「セレナさん……あなたの演奏、本当に素晴らしかったです。 多くの人は楽器を“身分の象徴”として扱い、高価なものほど価値があると思い込んでいます。

 でも今日、私は楽器の価値は、奏でる人が引き出すものだと、はっきり思い知らされました」

「アンナさん、へへへ。そう褒められると何だか照れますなぁ」


 その後、アンナとセレナは並んで即興の演奏を始めた。 二人の音色が絡み合い、教室は小さな音楽会のような温かさに包まれる。

 演奏が終わると、周囲からは惜しみない拍手が送られた。


 ――ただ一人を除いて。

 そ教室の後方で、ある令嬢だけが氷のような視線を2人に向けていた。 カトレア・ドロワーズ令嬢である。

 彼女は、自分より身分の低い者が注目を浴びることを、何よりも嫌う。


 学園に入学する前のお茶会でも、アンナ・ミラージュのドレスを「古臭い」と嘲笑したことでちょっとした事件があった。

 その一件がきっかけで、アンナはベリッサ令嬢のグループに迎え入れられた―― という経緯すらある。


 今、カトレアの瞳には、あの時と同じ“見下し”と“苛立ち”が宿っていた。



 なお後日談として…


 響律魔導師の講師は、セレナの演奏に拍手を送りながら、ふと眉をひそめた。


「……ただ、一つだけ言わせてください。返響菌ホルンは音を反射する仕組みのため、扱いを誤ると――」

 講師が説明を始めた瞬間。


 ピィィィィィィィィィィィィィィィィン!!


 教室の隅で、返響菌ホルンが“まだ歌いたりない”と言わんばかりに勝手に鳴り出した。


「ちょっ……!? え、えぇぇぇぇぇぇ!!?」

 セレナが慌てて抱え込むが、もう遅い。


 次の瞬間、 パァンッ!!


 教室中の窓ガラスが、見事に“音だけで”震え上がり、カタカタカタカタ……ッ!  と、まるで寒さに震えるように揺れ始めた。


「きゃあああああああ!! 窓が踊ってますわ!!」

「踊ってるんじゃない、逃げようとしてるんだ!!」


 机はガタガタ震え、椅子は勝手にスライドし、黒板のチョークはカタカタカタカタと勝手に走り出し、なぜか“セレナ参上”と書き始める始末。


「ちょっと!? 私そんなこと書いてませんよ!?」


 超音波はさらに勢いを増し―― ポンッ!


 誰かの髪飾りが空中で弾け飛び、別の誰かのスカートの裾がひらりとめくれ、

 カトレア令嬢の完璧なブロンドの髪がモッフモフのアフロになった。


「な、なにこれぇぇぇぇぇぇぇぇ!!? わたくしの髪が……髪が……ッ!!」


 教室の全員が耳を押さえてしゃがみ込む中、セレナだけが必死にホルンを抱えて叫ぶ。

「止まれぇぇぇぇぇぇぇ!! 落ち着けぇぇぇぇ!! 私の息じゃないのに勝手に鳴るなぁぁぁ!!」


 ようやく音が止まり、静寂が戻った。

 講師は深いため息をつき、アフロになったカトレアを横目に、静かに言った。


「……だから言ったでしょう。 一つ間違えると、音が超音波に達して大惨事になるって」

「もっと早く言ってくださいよぉ!!」

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