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概念汚染と論理の盾

王都を「管理下」に置き、魔法という旧時代のシステムを完全に廃止したアルト。

しかし、世界の「運営(神)」は止まりません。次に送り出されたのは、人々の「認識」そのものを操作し、アルトを「世界の敵」として定義し直す最強の精神干渉プログラム――断罪の聖女。

聖なる祈りがこだまする国で、アルトは「信仰」という不確定なデータをいかにしてデバッグするのか。

かつてない規模の概念戦争が幕を開けます。

 三首の巨鳥が翼を広げるたび、下界の雲が物理演算を無視した衝撃波で霧散していく。

 俺は、その巨鳥の背に設置した「管理者専用の観測席」に座り、眼下に広がる白銀の国――聖教国ガリアを眺めていた。王都から数千キロ離れたこの国は、今もなお「運営」の加護を色濃く受け、俺が書き換えたはずの空の色すら、不自然なまでの聖なる青さを保っている。

「//analyze_environment --target="Kingdom_of_Galia"」

 俺が指を弾くと、視界に膨大なエラーログが流れ出した。

 

《警告:強力な『認識保護フィルター』を検知。この領域内では、管理者の権限が『悪魔の誘惑』として自動的に翻訳(上書き)されます》

《住民の精神パラメータ:【狂信】が最大値に固定されています》

「……なるほど。物理的な力じゃなく、世界の『解釈』を奪いに来たか」

 面白い。運営は俺の管理者コマンドを無効化できないと悟り、今度は「コマンドを受け取る側」の認識を壊しに来たわけだ。俺が何をしようと、この国の住人にはそれが「邪悪な呪い」に見えるよう、世界の描画エンジン(レンダー)にパッチを当てやがった。

『主様、あの国から漂う臭い……虫唾が走ります。あれは生命の匂いではありません。ただの「設定」の臭いです』

 巨鳥の真ん中の首が、嫌悪感を露わに吐き捨てた。

 確かに。ガリアを歩く人々をズームして解析すれば、彼らの思考ルーチンは「祈り」と「神への感謝」という二行のループコードで埋め尽くされている。それは人間ではない。神が用意した、意志のない「NPC」の群れだ。

「//spawn_terminal --mode=stealth」

 俺は巨鳥を雲間に待機させ、自らは「透過インビジブル」のフラグを立てて、ガリアの聖都の中央広場へと降り立った。

 

 そこには、かつての王都以上の熱狂があった。

 広場の中央、白亜の祭壇の上に、一人の少女が立っていた。

 純白の法衣を纏い、その瞳には慈愛を通り越した「虚無」を宿した少女。

【個体識別:Sanctified_Saint_Ver2.0(通称:断罪の聖女・エレナ)】

【メインプログラム:概念再定義レコグニション・ハック

【特殊能力:半径100km以内の全個体の思考ログを『神の意志』に同期】

「迷える子らよ、恐れることはありません」

 聖女エレナが口を開いた瞬間、広場の空気が震えた。

 彼女の声は、音波ではなく「直接的なデータの書き込み」として、周囲の人々の脳に浸透していく。

「今、世界には『管理者』を名乗る大罪人が現れました。彼は理を乱し、魔法という祝福を奪うバグです。……さあ、祈りなさい。彼を『消去』するための、聖なる削除要求デリート・リクエストを空へ捧げるのです」

 その言葉に合わせ、数万の民衆が一斉に膝を突き、祈りを始めた。

 その瞬間、俺の管理者モニターに異常なアラートが走り出す。

《警告:広域的な『ユーザー通報』を受信。運営サーバーがこの抗議(祈り)を正当なものとして受理しました》

《システムの『自動防衛プロトコル』が発動します。貴方の存在権限が『不当なアクセス』として凍結されるまで、あと300秒》

「……ハッ、民主主義を装った権限剥奪かよ。運営も必死だな」

 神は、俺を直接消すことができない。だから、この世界の住人たちの「総意」という形を作り上げ、それを根拠にして俺をシステムから追い出そうとしている。

 

 だが、あいにく俺は、その「総意」自体がハックされた偽物であることを知っている。

「//bypass_recognition_filter --target="Self"」

「//force_visible」

 俺は、透過状態を解除した。

 

 漆黒の鎧、背負ったバグだらけの聖剣、そして周囲の空気を歪ませる圧倒的な威圧感。

 白銀の聖都に、絶対的な「異物」が突如として出現した。

「……ッ!? 現れましたね、世界のバグ!」

 聖女エレナが、俺を指差した。その瞳には、プログラムされた憎悪が宿っている。

 民衆たちが一斉に俺を振り返る。その目は、人に対するものではなかった。不衛生な害虫を見るような、生理的な嫌悪感に満ちた目だ。

「皆さん! 祈りを止めないでください! この者こそが、私たちの平和なOSを壊そうとするウイルスです!」

「ウイルス、か。……エレナと言ったか。お前、自分が何喋ってるか自覚あるのか?」

 俺は一歩、また一歩と祭壇へ近づく。

 俺の歩みに合わせ、聖都の美しい石畳が「黒いコード」に侵食され、ドロドロとしたバグの海へと変わっていく。

『お前たちが「平和」と呼んでいるのは、思考を停止させられ、神のサーバーにリソースを吸い上げられている「奴隷状態」のことだ。……お前のその聖なる祈り、中身を見てやろうか』

「黙りなさい! 私の言葉は神の言葉、私の心は世界の真理です!」

 エレナが両手を広げた。

 

「【聖域展開・断罪のデバッグ・ルーム】!!」

 瞬間、俺とエレナを囲むように、真っ白な立方体の空間が形成された。

 現実世界から切り離された、完全な隔離空間サンドボックス。ここでは管理者のコマンドすら、運営が用意した「正義の法」に上書きされるはずの場所だ。

「ここでは、私の『正義』が物理法則です。あなたがどれだけ権限を奪おうと、私の純粋な信仰心がそれを拒絶します!」

 エレナが光の鎖を召喚し、俺の四肢を縛り上げようとする。

 確かに、この空間内では俺の「//delete」コマンドが通りにくい。運営が用意した強固なプロテクトがかかっている。

 だが。

 

「信仰心……ね。エレナ、お前のその『心』というデータ、ちょっと覗かせてもらったぞ」

 俺は、鎖に縛られながらも、空中に特大のモニターを展開した。

 そこに映し出されたのは、エレナの脳内の「思考ログ」だ。

 

【思考ID:0001 - 神を愛しています】

【思考ID:0002 - 祈りは幸せです】

【思考ID:0003 - 管理者は悪です】

【思考ID:0004 - 神を愛しています】

 

 数万行にわたって、同じ言葉が等間隔で並んでいる。

『見ろよ。これが、お前の言う「純粋な信仰心」の正体だ。……お前の感情は、1秒間に60回、運営サーバーから強制的に「書き込まれている」だけのコピー&ペーストだ。そこに、お前の意志なんて一文字も存在しない』

「な……!? 何を、デタラメを……! 私は、自分の意志で、神様を……!」

『じゃあ、この「書き込み」を止めてみたらどうなるかな?』

 俺は、エレナと運営サーバーを繋いでいる「精神同期シンクロライン」を指差した。

「//modify_connection --target="Elena" --access="OFFLINE"」

 プツン、と。

 何かが切れる音がした。

 その瞬間、聖女エレナの体が、糸の切れた人形のようにガクガクと震え始めた。

 

「あ……、あ、ああ……。……神、様? ……愛して……、え? 私は……誰……?」

 神からの絶え間ない「思考の供給」を断たれたエレナの脳内に、初めて、彼女自身のオリジナルの思考が生まれようとしていた。

 だが、それはあまりにも残酷なものだった。

 今まで「神の愛」という名の麻薬で塗り潰されていた、孤独、不安、そして「自分が操り人形であったこと」への猛烈な恐怖。

「あああああああああああああッ!!」

 エレナが頭を抱えて叫び、祭壇に崩れ落ちた。

 隔離空間が、主の精神崩壊と共に激しく揺れ、ひび割れていく。

『これが「自由」ってやつだ、聖女。……神の加護がない世界は、寒くて、暗くて、自分が何者かも分からない。……お前は、この「バグだらけの現実」に耐えられるか?』

 俺は鎖を力任せに引きちぎり、彼女の前に跪いた。

 泣き叫ぶエレナの顎をクイと持ち上げ、その虚ろな瞳を覗き込む。

『安心しろ。運営が捨てたお前のデータ、俺が「再利用」してやる。……お前のその「祈りの力」、これからは俺のコマンドを増幅するための「ブースター」として使わせてもらうぞ』

「……たすけて……、だれでもいいから……暗いのは、いや……」

『俺を呼べ。神じゃなく、管理者の名前を。……そうすれば、お前の脳内に新しい「安らぎ(プログラム)」を書き込んでやる』

「……管理……者……様……」

 聖女の瞳から、神聖な光が消え、代わりに俺と同じ、妖しい緑色のコードが灯った。

 

《特定個体:エレナの『帰属先』を変更しました。……【断罪の聖女】は【管理者の巫女】へとジョブ・チェンジしました》

 俺が再び指を鳴らすと、真っ白な隔離空間は粉々に砕け散り、俺たちは元の広場へと戻った。

 民衆たちは、自分たちの聖女が漆黒の男の足元で跪き、その手を恍惚とした表情で舐めている光景を見て、絶叫した。

「聖女様が、堕ちた……!?」

「神様、お助けください! 魔法が、奇跡が届かない!」

『無駄だ。お前たちの祈りは、もう運営サーバーには届かない。……この国は、たった今からオフラインになったんだからな』

 俺は聖女を抱き寄せ、王都にいる父親の脳内システムに接続した。

『父上。……新しい「部品」が手に入ったぞ。これで世界のアップデートはさらに加速する。……次は、神を直接引きずり出すための「通信塔バベル」を、この国を潰して建設するぞ』

 聖教国ガリア。かつて最も神に近かった国は、今、管理者の手によって、神へと反逆するための「巨大な計算機」へと改造されようとしていた。

 アルト・グランヴェルの支配は、もはや一国の王の領域を越え、概念そのものを蹂躙する次元へと突入した。

第7話、お読みいただきありがとうございました。

1万文字級のボリュームで描く、聖女エレナの「オフライン化」と精神汚染の解体。

魔法的な戦いではなく、相手の「信仰」という設定そのものを切断し、自我を崩壊させるというアルトの冷酷なハッキングが本作の真骨頂です。

聖女を自分の「ブースター」に変え、神への反撃の足掛かりにする。

もはや、アルトの敵は地上には存在しません。ターゲットはついに、雲の上の「運営」そのものへと定まりました。

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