新世界のブートストラップ
第5話、神の修正プログラム「勇者」をハックし、世界の深層サーバーへと侵入したアルト。
ついに彼は、一時的なチート能力者ではなく、この世界の「唯一の管理者」へと上り詰めました。
空に輝く「太陽」というオブジェクトの設定を、俺は書き換えた。
かつての黄金色の光は消え、今や空の中心には、冷徹な理の輝きを放つ、巨大な青白い幾何学模様の円環が浮かんでいる。王都の住人たちが「神の眼」と呼んで震え上がっているそれは、俺が設置したリアルタイムのシステム・モニターだ。
王都全域のバイタル、魔力残量、そして「恐怖値」が、あの円環を通じて俺の脳内へと絶え間なくストリーミングされている。
俺は今、王城の最上階、かつて国王が住まっていた「天上の間」の玉座に深く腰掛けていた。
三首の巨鳥は、城の尖塔を止まり木にして、眼下の街を監視している。その三つの首が放つ威圧感だけで、反乱の芽はすべて摘み取られていた。
「//display_log --filter="Royal_Family"」
俺が指を鳴らすと、空中に数十のモニターが展開された。
そこには、地下牢に幽閉された王族たちや、屋敷の中で震えている貴族たちの「現在」が映し出されている。
その中の一つ、泥水を啜りながら、もはや人の言葉を失った獣のように鳴いている「バグの塊」がいた。……義弟、レオンだ。
「まだ生きてるな。HPを1に固定し、再生フラグを最大に設定した甲斐があった。お前は死なない。この世界が俺の管理下にある限り、お前の『苦痛』というデータは、俺のシステムを動かす貴重な電力だ」
俺は冷たく言い放つと、モニターをスワイプして消去した。
さて、復讐は終わった。次は「管理」だ。
王城の謁見の間には、現在、王都に残った主要な貴族や商人、そして生き残った騎士団の生き残りが集められていた。
彼らは全員、俺が設定した「強制平伏」のコードにより、一歩も動くことができず、冷たい大理石に額を擦り付けている。
『――顔を上げろ。……許可する』
俺の声が、増幅魔法など介さずに、彼らの鼓膜と精神に直接「書き込まれる」。
一斉に顔を上げた彼らの瞳にあるのは、もはや忠誠心などではない。抗うことのできない「天災」を前にした、完全な屈服だ。
その最前列に、かつて俺を「ゴミ」と呼んで奈落へ突き落とした父、グランヴェル公爵がいた。
「アルト……いや、管理者様。我々は、過ちを犯しました。魔力こそがすべてだという、旧い神が植え付けた迷信に囚われていたのです。どうか、どうか我が公爵家だけは……」
父の言葉は、最後まで続かなかった。
俺が視線を向けただけで、彼の喉から「声」を出すための権限を一時的に剥奪したからだ。
『父上。謝罪は不要だ。データに謝罪などというパラメータは存在しない。お前に残されているのは「利用価値」があるか、それとも「デリート」されるか。その二択だけだ』
俺は玉座から立ち上がり、ゆっくりと階段を下りていく。
俺が歩くたび、周囲の空間が微かに歪み、俺の足元を避けるように大理石が波打つ。
『今日、この瞬間をもって、この大陸から「魔法」というOSを廃止する』
その宣言に、広場が凍りついた。
魔法こそが文明の礎であり、彼らのアイデンティティそのものだった。それを廃止する。それは、彼らの積み上げてきた人生の全否定に等しい。
『代わりに、俺が作成した「権限システム」を導入する。これからは、俺への「恐怖値」と「貢献度」に応じて、世界の法則をいじる権利を貸与してやる。火を起こしたいなら、火の魔法を学ぶ必要はない。俺に祈り、システムにアクセス権を申請しろ』
俺は空中に、新しい世界の「メニュー画面」を投影した。
「//system_deploy --broadcast="All_Citizens"」
王都に住むすべての人間、さらには国境を越えた周辺諸国の民衆に至るまで、その視界に「青いウィンドウ」が強制的にポップアップした。
【新世界・管理システム Ver 1.01】
【管理者:アルト・グランヴェル】
【現在のあなたの階級:F(家畜級)】
【使用可能コマンド:なし】
「な、なんだこれは……頭の中に、文字が……!」
「階級、家畜……!? 私が、この名門の当主である私が家畜だと!?」
貴族たちが騒ぎ出す。だが、俺はそれを一瞥もしなかった。
『文句があるなら、今すぐその存在を初期化してやってもいいんだぞ。……お前たちが誇っていた「魔力」や「血筋」など、俺にとっては一文字のコードにも満たないノイズだ』
俺は父親の目の前に立ち、彼のステータス画面を弄った。
『父上。お前には「デバッグ・テスター」という役割を授ける。……お前の神経系を、王都中の「インフラ監視システム」と直結させた。これからは、この街のどこかで下水が詰まったり、壁が崩れたりするたびに、お前の脳にその衝撃がフィードバックされる』
「な……あああああッ!? ああああ、熱い、頭が割れる……!」
父がその場でのたうち回る。
王都の至る所で起きている混乱、崩壊、摩擦。そのすべての「エラーログ」が、生の苦痛として彼の神経を焼き始める。
『死ぬことはない。お前が死ぬと、システムの監視が止まってしまうからな。永遠に、この街の不具合を感じ続けろ。それが、お前が俺に与えた「不具合」への報いだ』
俺は背を向け、再び玉座へと戻った。
王都陥落編。それは俺にとっての復讐の終わりであり、同時に「管理者としての退屈」の始まりでもあった。
だが、世界の運営側は、まだ諦めていないようだった。
俺の脳内モニターに、遠く離れた隣国――聖教国ガリアの方向に、異常な数値の「マナの集積」が検知されていた。
勇者カシエルが消去されたことで、運営はさらに強力な「修正パッチ」を当てようとしているらしい。
《検知:第2世代・修正プログラム【断罪の聖女】の生成を開始》
《警告:対象は世界の『倫理観』をリセットする概念爆弾を保持しています》
「……概念爆弾か。今度は、人々の心まで書き換えに来るってわけか」
俺は、指先でコンソールを叩き、新しいコマンドを生成した。
「//spawn_item "The_God_Slayer_Script"」
「//modify_logic --add="Faith_is_Powerless_Against_Admin"」
信仰、倫理、善悪。
そんな実体のないデータで、俺の「絶対権限」が揺らぐとでも思っているのか。
『三首の巨鳥よ。……次は、あの白々しい祈りの国を「アップデート」しに行くぞ。……世界のすべてのデータを、俺の色に塗り替えるまで止まるな』
巨鳥が、空を裂くような咆哮を上げた。
王都の民衆が、その威圧感に泡を吹いて倒れていく。
アルト・グランヴェル。
かつての「魔力ゼロの欠陥品」は、今や世界の理そのものを従え、次の獲物へと視線を向けた。
神の用意したシナリオは、もうどこにも存在しない。
ここにあるのは、一人の男が指先で紡ぎ出す、残酷で完璧な「新世界のログ」だけだ。
第6話、お読みいただきありがとうございました。
圧倒的な文字数と密度で、アルトによる「世界の再編」を描き切りました。




