29、真剣に出した答え
京人の話の展開に若干の不安を感じつつ、結はひとまず続きを待った。
「それで休暇も取らずに今まで必死で働き続けていたんだけど、その間に結ちゃんが結婚しちゃったら元も子もないから、そこはお母さんに協力をお願いして……」
「お母さん?!」
予想外の人物が急に話題に登場して結は驚きを隠せなかった。
「定期的に結ちゃんの様子を確認してもらって、もし何か変わった様子があったら、すぐに連絡してもらうようにお願いしてたんだ。」
「そうなの?!」
(お母さん、もはやベテランのスパイ……)
「いつか結ちゃんと結婚したいからお願いします、って正直に話したら引き受けてくれたよ。」
「私の意思は?!」
「もちろん、結ちゃんが受け入れてくれることが前提だけど……正直、結婚してから好きになってもらうのもありだと思ってる。」
「え……」
(完全に外堀から埋めようとしてる……!)
この時、結はふと思い出した。
この家に入る前、京人が『僕、外堀から埋めてくタイプだから。』と言っていたのを……。
(あれって、このことーー!?)
京人は一度やると決めたら、自分が決めた目標が達成されるまで徹底的にやる人だ。
だからこそ難関の中高一貫校に合格し、アイドルとしても成功することができたのだろう。
結はそんな京人の何事も初志貫徹する姿勢を尊敬していたが、その意思の固さは結の予想を遥かに超えていた。
(目標必達の執念が桁違いだ……)
恐らく、京人の中には「失恋する」という選択肢は存在せず、例え振られたとしても結と結婚するまでは諦めないのだろう。
何年も告白をスルーされ続けても諦めなかったのだから、きっと何度か振られたとしてもそう簡単に諦めはしないだろう。
結はこれまで、京人が恋愛をするとどんな感じになるのだろうか……と胸を弾ませて妄想したことがあったが、まさかこんなに現実的に猛攻してくるタイプだとは思ってもいなかった。
しかも、その執念たるや常軌を逸している。もはや結には京人と結婚する以外の道はないように思えてきた。
「昨日結ちゃんにこれまでの恋愛とか婚活の状況を訊かれたけど……正直なところ、僕は結ちゃんと出会ってからずっと婚活してるような感じだから、いつから何をしてるとか言えないんだよね。」
京人は申し訳なさそうに困ったような顔をしているが、発言が重すぎる。
(気持ちは嬉しいし京人君のことは好きだけど、いきなりの結婚はさすがに避けたい……)
このままの流れでは、「結婚してください」と言われれば、気がついたらいつもの流れで「うん、分かった。」と答えさせられてしまいそうだ。
「あの……と、とりあえず」
「うん?」
「今のお互いを知るところから、始めさせてもらえないかな?!」
結の提案を聞いた京人は、まるで予想外のことを提案をされたかのように驚いた顔をした。
(え、そんなに予想外? 普通の流れだと思うんだけど……)
「え、いいの?」
「?」
結は京人の質問の意図が分からず、首を傾げた。
「僕の想いを知ったうえで、また会ったりしてくれるっていうことだよね?」
「うん。……そうなるかな?」
「よかったー……。」
京人は安心したように脱力して机に突っ伏した。
「え、なんで……」
「だって……正直、何度か振られる覚悟でいたから、安心したよ。」
(「何度か」ってことは……やっぱり振られても諦める気はなかったんだ……。)
予想通りの京人の決意の固さに、結はある種の尊敬の念を抱いた。
(多分、この先の人生で、京人君以上に私のことを想い続けてくれる人って、いないんじゃないかな……)
だからこそ、結は自分も京人に嘘偽りない本心を伝えようと思った。
とはいえ、相手はずっと一方的に推し続けてきた京人だ。三十路を目前に控えた結もさすがに緊張は抑えられない。
(でも頑張らないと……! 京人君はこれまで何度も告白してくれてたんだから。)
結は意を決して、京人の目をまっすぐ見た。
「あのっ……!」
「?」
勢い余って大きめの声を出した結に、京人は不思議そうな顔をした。
「正直に言えば、私も京人君のことはずっと好きだったの。」
「え!」
京人は驚きつつも喜びを隠しきれない、といった顔をした。
「でも、有名人になった京人君と付き合うとか、恐れ多くて考えてもいなかったというか…」
「そっか……。」
持ち上げてから下げられ、京人は感情が追いついていないのか、真顔になった。
「京人君が昨日見せてくれた雑誌も、本当は全部買ってたし、取ってあるの。」
「そうなの? それは嬉しいな、ありがとう。」
「でも、京人君の恋愛関係の記事は、見るのが辛くて。」
「それは、もしかして……やきもち?」
「っ! ……そうです。」
29歳にもなって他人にやきもちをやく自分の心の狭さが恥ずかしくなり、結は赤くなって俯いた。
しかも、そのやきもちの相手が全て自分だったなど、間抜けでしかない。
(恥ずかしい……)
「はぁー……だめだ、可愛すぎる。」
「え?」
京人が何かを呟いたが、恥ずかしさでそれどころではなかった結は、残念ながら聞き逃してしまった。
「はは、何でもないよ。」
「そう? あの……とにかく、京人君の気持ちはすごく嬉しかったです。だから、今まで気が付かなかった分も、ずっと……ありがとう。」
「うん。……こちらこそ、ありがとう。」
優しく微笑んだ京人を見て、結も微笑んだ。
(京人君の笑顔……なんか懐かしいな。)
想いは伝えられたが、結にはまだ大きな懸念が残っていた。
「それで、できたら今のお互いのこと色々話せたら嬉しいんだけど……京人君って、外でデートしたりは難しいよね?」
「うん、そうだね。」
「仕事も忙しいと思うから、そもそも中々会えないんじゃないかと思うの……」
「確かに。」
京人は肯定するように頷いた。
「時間を合わせてテレビ電話したりするのも中々難しいと思うし、何かいい方法があるといいんだけど……」
「それなら大丈夫。僕にいい案があるから。」
「いい案?」
「僕と結ちゃんでルームシェアしたらどうかな?」
「ルームシェア?!」
予想外の提案に、今度は結が驚いた。
「もちろん私室は別々にしてプライベートは保ちつつ、リビングとかで一緒に過ごせたらいいんじゃないかなって。この家で。」
「この家で?!」
「うん、この家で。」
まるでホテルのようなこんなにも豪華な空間に、果たして自分のような一般人がいていいのだろうか。馴染めるのだろうか、と結は不安に駆られた。
しかし、考えれば考えるほど、京人の言う通り、それしか多忙な彼に負担をかけずに会う方法はないような気がしてきた。
「うん、分かった。」
結は京人のことを第一に考え、京人の提案を受け入れた。
「いいの?!」
「うん……私も、それが一番いい方法だと思う。」
このマンションであれば、同じマンションの住人と遭遇する確率も低く、京人が記事にされるようなことも起こりにくいのではないかと考えた。
「さすが結ちゃん。判断が早いね。」
「いやそんな……提案してくれたのは京人君だし。でも、本当にいいの?」
「うん、もちろん。結ちゃんと一緒に暮らせたら、僕はそれだけですごく嬉しいからね。」
京人は心の底から嬉しそうに微笑み、頷いた。
「ありがとう。じゃあ……よろしくお願いします!」
こうして2人のルームシェア生活が始まった。




