28、方向性の違い?
髪を乾かし終わった京人がリビングに戻り、2人はダイニングルームでテーブル越しに向かい合って座っていた。
先程、京人に「一緒に二度寝するのと、このまま起きて一緒にお話しするのどっちがいい? 二度寝するなら添い寝になるけど……」と訊ねられた結は、食い気味に「お話しで!」と答えたのだった。
危うく再びソファに誘導されるところだったが、先程のように密着していては緊張で会話にならないので、なんとか京人を説得してダイニングルームに落ち着いた。
京人が淹れた香り高いダージリンティーを飲んで、ほっと一息ついたところで、京人が口火を切った。
「結ちゃん、雑誌はどうだった?」
「それは……」
京人が言う「雑誌」とは、昨日読んだ京人の特集記事のことだろう。
結はどう答えるべきかと迷い、京人の様子を窺うと、どんな感想でも聞きたいという風に真剣な顔をしていた。
彼と真面目な話をするなら今しかないと、結は直感的に悟った。
「正直、すごく嬉しかった。私にとって京人君はすごく特別で……でも、京人君にとっての私は、きっと大勢いる知り合いの中の一人なんだろうなって思ってたから。」
「そっか。僕にとっても、結ちゃんは特別なんだけどね。」
「うん……今回雑誌を読んで初めて知ったの。ありがとう。」
「うん。」
結にお礼を言われた京人は嬉しそうに微笑んだ。
「僕の気持ちは、ちゃんと伝わった?」
「うん、ちゃんと伝わったよ。」
「それなら、よかった。」
「あの……今も?」
「?」
「今も……京人君の気持ちは、変わってないの?」
結がおずおずと訊ねると、京人は肯定するように頷いた。
「もちろん。僕は学生の頃からずっと結ちゃんが好きだし、本音を言えば……できれば結婚したいと思ってる。」
京人の珍しく緊張したような、真剣な眼差しを受けて、結はなぜか泣きそうになった。
婚活をしに来ていたくらいだから、結婚をするつもりなのだろうとは分かっていたが、なぜその相手が自分なのかーー。
結の「婚活のプロ」としての勘も言っている。京人には、他にもっと相応しい相手がいるはずだ。
京人の仕事のことをよく理解してくれる同業者や、収入面で釣り合いが取れる女性経営者、忙しい彼のサポートができる家事に長けた女性等……挙げ出したらきりが無い。
それに、何年も会っていなかったのにーー。
「どうして……?」
「?」
「どうしてそこまで私を信じられるの?」
「? 結ちゃんのことはよく知ってるし。」
「でも……何年も会ってなかったのに。私が、もしかしたら酷い人になってるかもって思わないの?」
そんなはずがない、とでも言いたげに京人は苦笑した。
「ひどい浪費癖になってるかもしれないし、自分で家事もできないような、だらしがない人になってるかもしれないよ。」
「そうなってるの?」
「そんなこと……ないと思いたいけど。」
「はは、それなら大丈夫かな。」
京人は何でもないことのように笑ったが、結はなぜかムキになってきた。
「この家だって、普通に入れてくれたけど、もし私が口の軽い人になってて、誰かに家の場所を言っちゃったらどうするの?」
「誰かに言っちゃうの?」
「っ! ……誰にも言わない、けど。」
「はは、だよね。それなら、大丈夫だね。」
京人は最初から分かっていた、というように微笑んだ。
「どうして私のこと、そんなに信用できるの?」
「結ちゃんだから。」
「……」
理由になっていないような理由に、結は納得できず沈黙した。
「誤解されたくないから一応言っておくけど、この家に母さん以外の女性を入れたのは結ちゃんが初めてだし、『普通に』誰でも入れるわけじゃないよ。」
「そうなんだ……」
京人の性格的にも、昨日の話からも、もしかして……とは思っていたが、実際にこの家を訪問するような女性がいないと分かり、結は安心した。
「僕は、人がずっと変わらないでいることって、結構難しいと思うんだ。」
「?」
「誰かと何かを約束したとして、その瞬間は確かに約束を守りたいと思っていても、それをずっと覚えていることは難しいし、相手もその約束を覚えていると信じ続けることも難しいと思うんだ。」
「……?」
何の話をしているのか分からず困惑している結に、京人は優しく微笑んだ。
「結ちゃん、最初にバレンタインのチョコをくれた時のことを覚えてる?」
「もちろん、覚えてるよ。 だって、すごく緊張したもん。」
「あの時、『これからは毎年あげる』って言ってくれたの覚えてる?」
「覚えてるよ。だから毎年渡してたし……」
「そうだよね、ありがとう。でも、僕は正直、貰えないだろうなって思ってたんだ。」
「え、なんで……」
「だって、僕が小学校を卒業したら接点は殆ど無くなるし、結ちゃんまだ小さかったし。」
「それは……」
それは確かに事実だが、それでも結にとってあの約束はすごく大事なもので、守って当然だと思っていた。
「でも、翌年ちゃんと約束通りにチョコをくれた。それどころか、律儀に約束を守って、僕が実家を出るまで何年間も毎年必ずくれてた。」
「うん……」
それは、ずっと京人のことが好きだったからなのだが、結は恥ずかしくなって俯いた。
「そんなの嬉しいし、好きになって当然だと思う。」
「!」
「それに、そんな結ちゃんだからこそ、きっと何年経っても変わらずにいてくれるって信じられるんだ。」
「そうなんだ……」
「うん。……なんか恥ずかしいな。」
京人は少し照れたように視線を下ろした。結から見える京人の耳は少し赤くなっていた。
「ありがとう。そんな風に思って貰えたなら、毎年チョコを渡してよかった。私から貰っても迷惑かなって、ちょっと不安だったから。」
「迷惑なわけないよ。中学時代なんて、友達に自慢してたよ。男子校だったし。」
「自慢になるの……?」
「なるよ! ほとんど皆、家族からのを除けば0個だから。」
「そ、そうなんだ……」
「0個と1個の差は大きいからね。『小柄で可愛い幼馴染の結ちゃん』がくれるチョコは、当時の僕にとってはかなり自慢の種だったよ。」
「語弊があるよね?! 小柄っていうか、ただの小学生だから!」
「そんなことは、言わなければ誰にも分からないからね。」
「そうなの……? ふふ。」
小学生の頃に結が憧れていた、年上のお兄さんの京人が実際はかなり幼かったことが可笑しくて、結は笑った。
「それで自惚れてたっていうか……勝手に、結ちゃんは毎年自分だけにチョコをくれてると思ってて、一翔と歩いてる結ちゃんを見て、すごいやきもちを焼いて。」
「もしかして、塾の帰りに会った時?」
「そう。もしかしたら、こいつもずっと結ちゃんからチョコ貰ってたのかも、と思ったらすごい対抗心が湧いてきて……小学生相手に、大人気ないよね。」
「ふふ、そうだね。しかも、一翔君にはチョコ渡してなかったし。京人君以外の男の子には誰にも渡してなかったよ。」
「そうなんだ! 今更だけど、それは嬉しいな……」
「ふふ、なんか面白いね。」
「全然面白くないよ! 当時は必死だったんだから。」
「ふふ、ごめんね。」
「ともかく、それで僕は結ちゃんが好きなんだって自覚し始めて、他の誰よりも目を引く存在になれるようにってアイドルになって……」
(そもそも、私には京人君しか見えてなかったのに。)
「それなのに、母さん達とライブに来てくれた時、結ちゃんすごい可愛くなってるし。大勢いる中でも結ちゃんだけ圧倒的に目立ってるっていうか……とにかく目を引かれて。」
「そんなことないと思うけど……」
「ともかく、その時、僕は結ちゃんじゃないとダメなんだって自覚したというか……」
「……そうなんだ。」
当時の京人の想いを知り、結は少し恥ずかしくも、嬉しく感じていた。
「それで、結ちゃんに好かれて、将来結婚するためにはどうしたら良いかを考えて、葵に相談したんだ。」
「……ん?」
「そうしたら、とにかく大人になってからモテるのは金のある男だから、休まず働いて稼げって。」
「?!」
「あと、アイドルしてる時点で、告白しても信用してもらえないのは確実だから、とにかく童貞でいろって。」
「えっと……」
絶対に何か、方向性が間違っている。
だが、京人があまりにも真面目な顔をしているので、結は何も言えなかった。
京人は、勉強はできるのにちょっと(?)抜けているタイプの男です。




