25、寝起きの彼
困った。これは一体どうするべきなのか。僕は今、これまでの人生で一番ではないかというほど困っていた。
視線の先には、自分にぎゅっと抱きついて眠る結ちゃんがいた。
(さすがにこれは、起きたら怒るんじゃないかな……)
そう心配しつつ、嬉しさを隠しきれないのも正直なところだった。
「これは、我ながら重症だな……」
ーーーー
今から、およそ1時間前。
眠ってしまった結ちゃんを寝室まで運んだ後、使い終わった食器等を片付けて、自分の寝支度を済ませた僕は、仕事の台本に目を通しながら、彼女の目覚めを今か今かとそわそわしながら待っていた。
しかし、期待も虚しく、彼女が起きてくることはなかった。
寝言で「私も好き」と呟いていたので、夢の中では好きな「誰か」との逢瀬を楽しんでいるのかもしれない。
そう思うと、我ながら一体どこにこんなに激しい感情が隠れていたのかと不思議になるほど、激しい闘志が湧いてくる。
相手が誰かは知らないが、夢の中だろうとどこだろうと、自分以外に彼女を独占している人物がいるとしたら許せない。
僕だって、できることなら今すぐ彼女と結婚して一緒に暮らしたいくらいだ。
そうできる手段ならいくらでもあるが、彼女の気持ちを最優先にして、一歩ずつ遠回りをしながら進んできた。
もちろん、夢の中の彼女は、ただ好きな食べ物や趣味の話をしていただけという可能性もあるが……「私も好き」な相手が人である可能性は排除できない。やはり気になる。
こうなったら、彼女の起床後に、夢を見ていたことを忘れる程のインパクトを与えて、完全に忘れてもらう他ない。
そう考えた僕は、中々目を覚まさない彼女に対して少し悪戯心が湧いてきたこともあり、添い寝をして彼女を驚かせる作戦に出た。
自分の自惚れでなければ、昨日の彼女の態度を見る限り、怒られることはあっても、引かれることはないような気がする。
起きてすぐに、目の前で眠る僕を見つけたら、彼女は一体どんな顔をするのだろうか。そんなことを妄想するだけでも、楽しくて仕方がない。
もし怒られても、彼女に怒られるならむしろ嬉しい、と我ながら気持ちの悪いことを考えながら、僕は寝室で眠る彼女の布団に静かに潜り込んだ。
目の前の彼女はまるで子猫のように丸まって、すうすうと寝息を立てている。
(可愛いなあ……)
そう思ったのも束の間、彼女が突然手を伸ばし、僕の背中に手を回してぎゅうぎゅうと抱きついてきた。
(わあ、可愛い……じゃなかった。 これは、どうしようかな。)
ちょっと動揺させる位のつもりが、これでは完全にセクハラになってしまう。困った。これは一体どうするべきなのか。
視線の先には、自分にぎゅっと抱きついて眠る結ちゃんがいた。
(さすがにこれは、起きたら怒るんじゃないかな……)
そう心配しつつ、嬉しさを隠しきれないのも正直なところだった。
真面目な彼女は、自ら僕に抱きついた責任を取って結婚してくれたりしないだろうか……と、当たり屋のようなことまで考えてしまう。
「これは、我ながら重症だな……」
動揺のせいか、頭がうまく回らなくなってきた。そういえば、今回休暇を取るために仕事を詰めていたから、最近ほとんど寝ていなかった。
ぽかぽかと温かい彼女の体温もあってか、急激に眠くなってきた。
(だめだ、眠すぎる。僕も少しだけ仮眠しよう……)
僕は彼女が起きたらすぐに気が付けるよう、彼女の背中に手を回してホールドするようにして眠りについた。
ーーーー
幸せで堪らないはずなのに、なぜか泣きたくなるような不思議な夢を見ていた結は、なんだか暑くなってきて目が覚めた。
(あれ? 私どうして寝てたんだっけ……)
きょろきょろと周りを見渡すと、すぐ目の前で眠る京人に気が付いた。
(なっ……! なんで!?)
静かに眠る京人は、寝顔が整いすぎて人間味がなく、まるで石膏像のようだった。
それなのに、絶対に逃さないとばかりに、ぎゅうぎゅうとホールドされていて身動きがとれない。
結もまた、京人を抱き枕のようにして眠っていたようで、その手は京人の背中に回っていた。
京人は結よりも体温が高く、くっついていると冬なのに夏のような暑さだった。
(京人君、体温高いのなんか可愛いかも……子供みたい。)
結はつい、くすくすと笑ってしまったが、寝起きの頭が働き出すと、これが全く笑えない事態だと気が付いた。
(まさか……!?)
結は慌てて自分の衣服を確認し、ひとまず自分が服を着ていることに安堵した。
ジャケット以外は服装が変わっていないことからも、「何もなかった」ことは明白だった。
(よかった……)
ほっとしたのも束の間、視線を上げると、京人と目が合った。
「うわぁ! ビックリした!!」
「おはよう、結ちゃん。」
「おはよう……いつから起きてたの?」
「今、起きたよ。」
京人はにこにこと、こちらを見ている。寝起きのせいか、表情が見たことないほど甘い。
京人がまっすぐこちらを見つめて視線を離してくれないので、結は恥ずかしくなってきて頭を下げた。
「あのっ! ごめんね、私お酒苦手なのに、シフォンケーキにお酒が入ってるのに気が付かなくて……」
「こちらこそ、気が付かなくてごめんね。」
結は飲酒できない訳ではないのだが、一緒に飲んだことがある友人曰く、なぜかアルコールが入ると必ず「かくれんぼ」を始めてしまうらしく、恥ずかしいので普段は一切アルコールを摂らないようにしていた。
昨晩のことも、なんとか思い出そうとしても、キッチンに食器を片付けた後のことがどうしても思い出せず、不安になってきた。
「あの……もしかして私、かくれんぼしてた?」
京人は無言のまま、にこっと微笑んだ。その表情が何よりの答えだった。
「大変ご迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした……」
よりにもよって久々に再会した好きな人の前で失態を晒してしまい、結は穴が無くても自分で掘って入りたいような心境だった。
そして、なぜか京人はにこにこと無言のまま結をぎゅっと抱きしめると、そのまま目を閉じた。
(寝てる……!?)
「京人君!? 起きて……!」
京人は子供の頃から何でも器用にこなし、しっかりしているイメージがあったため、彼の意外な姿を見て、結は驚いた。
幼馴染といえど年齢も離れていたため、いつも頼れる存在だった京人に、こんな風に甘えられたこともなかった。
当然だが、こんなふうに2人で一緒に眠ったのも初めてのことだった。
ぽかぽかと温かい京人の腕の中にいると、彼がアイドルではなく一般人だと錯覚しそうになる。
この時、ふいに結は先程まで見ていた夢のことを思い出した。
(幸せだったな……)
夢の中での京人は一般人で、2人でのんびりと過ごしていた。
もし現実でもそんな風に2人で穏やかな日々を過ごすことができたら、きっと幸せなのだろう。
それでも、京人の職業のことを考えると実現するのは難しいように思えた。
だからこそ、夢の中の結はずっと「何かが違う」切ない違和感を抱いていたのかもしれない。無意識下で、この夢は現実ではないことを知っていたから。
(……こんな時間を過ごせるのも、今だけなのかな。)
もし京人がアイドルではなかったら、自分たちの関係はどうなっていたのか……そんな、非現実的なことを考えて、結は昨日京人に訊かれたことを思い出した。
『もし僕がアイドルじゃなかったら?』
京人はしきりに、自分たちの関係がどうなっていたかを気にしている様子だった。
今更、あれはこういうことだったのかと腑に落ちた。
もしかしたら、京人も自分と同じようなことを考えていたのかもしれないと気が付き、結は切なくなった。
(昨日は気が付かなくて、ごめんね……)
結は勇気を出して、京人にぎゅっと抱きついた。




