22、推しが婚活?
今回は京人視点です。
小動物のように、もぐもぐとシフォンケーキを頬張っていた可愛い結ちゃんをリビングに残して、僕は寝室にブランケットを取りに来た。
結ちゃんが自分の家にいるーーその事実は僕に幸福をもたらした。
(このままずっと家にいてくれたらいいのに……)
そう願わずにはいられないほど、この瞬間をずっと待ち侘びていた。
(はあ、久しぶりの結ちゃん……本当に可愛かった。)
長年会えなかったせいか、僕の邪な想いのせいか、結ちゃんはまるで眩い光を纏った妖精か天使のように見えた。
彼女は今、子供の頃からの夢を叶えて「可愛すぎる仲人」として、結婚相談所で活躍しているようだった。
「可愛すぎる仲人」とは、僕が勝手にそう呼んでいる訳ではなく、結ちゃんの会社のチャンネルの動画に彼女が出演した際に、そう呼ばれていたのだ。
天使のようにふんわりとしたウェーブがかかったミディアムヘアに、うさぎのようにくりくりの目をした彼女には、何ともぴったりなネーミングだ。
彼女が出演していた動画の視聴回数のうち10割とまでは言わないが、9割9分は自分なのではないかという位、毎日のように彼女を眺めていた。
彼女が出演した回だけ異様に視聴回数が多かったせいか、初回出演以降、彼女はレギュラー出演するようになってしまった。
出演動画が増えたことは嬉しかったが、逆に心配の種にもなった。可愛すぎる結ちゃんが、世間に見つかってしまう。
だが、もし有名になった結果、テレビ番組とかで共演できたら、それはそれで「ありよりのあり」だ。彼女に会える機会は一回でも多いほうがいい。
だが、もし他の共演者と彼女が恋に落ちてしまったら……絶対に認めたくない。やはり「なし」だ。
結ちゃんが僕以外の誰かとーーそんなことは想像しただけで恐ろしい。
ずっと想い続けてきた結ちゃんを諦めることなど、到底できるはずがない。
誰かと生涯を共にするなら、彼女以外に考えられない。
結ちゃんに直接会えない間は、彼女が載った経済誌や、彼女が出演した結婚相談所のチャンネルの動画を何度も見て、会えない自分を慰めていた。
たまに、結ちゃんのお母さんから結ちゃんの写真が送られてくると、暇さえあればその写真を眺めて過ごした。
どんなにハードな仕事の日でも、忙しすぎて徹夜の日でも、彼女の写真を見れば精神的に元気になった。
それでも、僕の仕事の都合上、実際に会うことはできない。好きな人というよりは、もはや「推し」だ。
通常、「推し」とは、「推し」が芸能人だったり手の届かない存在だからこそ、会うことが叶わないのではないのか。
僕の場合、自分がアイドルだから会えないとは、一体どうしたことか。
それもこれも、全ては僕の運が良すぎることが原因だった。
偶然行った本屋では、芸能人のイベントの付き添いで来ていた大手事務所の人にスカウトされた。
いざ事務所に入ると、偶然、陽太と葵と歳が近かったことで、すぐにグループができた。
それからすぐに、体調不良の先輩アイドルの代理で、急遽音楽番組への出演が決まり、偶然それがバズって仕事のオファーが来るようになり、気付けばこの国で最も「稼げる」アイドルになっていた。
そもそも結ちゃんにモテたくてアイドルになったはずなのに、アイドルになったが故に会えなくなるとは本末転倒ではないか。
だが、結ちゃんと家庭を築くためには、金と経済力はあるに越したことはない。葵も言っていた。大人になってからモテるのは金のある男だと。
だからこそ、アイドルという寿命が短い職業で若い内に目一杯稼いでおこうと、身を粉にして働いてきた。
しかし、自分にはもう時間がない。仕事の忙しさを理由に、一方的に「推し活」をしている場合ではなくなってしまった。
僕の「推し」こと、可愛い結ちゃんが婚活を始めるかもしれない、との衝撃の一報が入ったのは、今年の年初のことだったーー。
ーーーー
元旦の早朝、僕は仕事の合間に楽屋で結ちゃんのお母さんに送るメッセージを準備していた。
結ちゃんとの将来に向けて「外堀を埋める」ため、僕は年初に必ず彼女のお母さんにも挨拶のメッセージを送るようにしていた。
「お久しぶりです。今年もよろしくお願いします。結ちゃんもお母さんもお変わりありませんか? 僕は来年ツアーがあるので、今年はそれに向けた準備で忙しくなりそうです。」
(よし、こんな感じでいいかな。送信、と。)
もしお母さんからの返信内容に、結ちゃんの近況に関する連絡があったらーー「吉」。結ちゃんの写真がついていたらーー「大吉」。
勝手に御神籤のようなことを考えていたら、予想に反してすぐに返信が来た。
(今年はやけに返事が早いな……?)
「忙しい中、連絡ありがとう!
こちらこそ、今年もよろしくお願いします。
今は台湾から一時帰国して、家族皆で過ごしています。
我が家は特に変わりなく……結は未だに恋人はいないみたい。
でも、子供の頃は30歳までには結婚したいって言ってたし、来年30歳になるのを気にしているみたいで、婚活しようかな……と呟いていました。
来年の今頃には家族が増えているかもしれないね。」
この返信を見た瞬間、僕はあまりのショックで勢いよく立ち上がった。
「大変だ!!!!」
「うおぉ!? ビックリした!! 何?!」
一緒に楽屋で待機中だった同じグループメンバーの陽太が、飛び上がるような勢いで椅子から立ち上がり、こちらを振り返った。
「あ、ごめん。」
「ドッキリ?!」
「ごめん、違う。」
陽太は、ここのところバラエティ番組でドッキリに引っ掛かりすぎて、常時警戒心剥き出しのチワワのようになっている。
番組でもないのに驚かせてしまって申し訳なく思いつつ、僕は動揺を隠せなかった。
(これは、大変なことになった……)
「ついに何か撮られた?」
もう一人のメンバーの葵が、手にしたスマートフォンに視線を落としたまま、悪い顔でにやにやと笑っている。
葵は顔だけは少女のように可愛らしいのに、中身が男すぎて、可愛さの欠片もない。
「いや、そんなことより、もっと大変なことになった……」
「そんなヤバいの? 何事?」
さすがの葵もスマートフォンから目を離し、こちらを向いた。
「結ちゃんが……婚活を始めるかもしれない。」
「はぁ。聞いて損した……心底どうでもいいよ。」
葵は呆れ果てた様子で、手元のスマートフォンに視線を戻した。
「いや、ユイちゃんって誰だよ?!」
「ほら、京人の例の幼馴染だよ。」
「あぁ、その『結ちゃん』かぁ。結構年下じゃなかったっけ?」
「5歳下だよ。」
「それなら、えーっと……何歳?」
「29歳だろ! お前京人と同い年なのに、なんで分からないんだよ。」
「だって、引き算が……」
「幼稚園生かよ!」
葵と陽太が何やらギャアギャアと騒いでいるが、もはやそんな事を気にする余裕もなかった。
結ちゃんが30歳までには結婚したいと思っていた……そんなことは初耳だった。
それに、彼女の年齢的に覚悟はしていたが、もし実際に結ちゃんが婚活を始めてしまったら、恐らく僕に勝ち目はない。
可愛い彼女にはきっと交際の申し込みが後を絶たないだろうし、その中には高給をアピールする医者や安定感を売りにした公務員がわんさかいるはずだ。
高給はともかく、安定感……それは僕に最も欠けているものだ。
僕が公務員に勝てる所があるとすれば、結ちゃんに対する熱い想いと強運だけだ。
もし、安定感のある爽やか男子系公務員と僕が同時に告白したらーー結果は明白だろう。
僕はまだ見ぬライバルに勝つべく、先手を打つ決意を固めた。
タイミングは、まだ結ちゃんが婚活を始めていない今しかない。
そして、一年以内に何としても結婚しなければ、結ちゃんがどこぞの爽やかな公務員と結婚してしまう。いや、公務員とは限らないのだが。
この際、手段は選んでいられない。何としても僕は一年以内に結ちゃんと結婚する。彼女の夢を叶える為にも。
そう決意を固め、まずは結ちゃんに会いに行くことにした。
そこで、仕事で迷惑をかけるかもしれない陽太と葵には一応事前に報告しておくことにした。
「これからタイミングを見て何回か仕事を休むかもしれない。」
「はあ!? 休みなんて、当分ないだろ。」
普段は冷静な葵も、さすがに仰天している。
「休みは作るしかない。とにかく動くなら今だ。」
僕は善は急げとばかりに、早速マネージャーに相談し、うまいこと言いくるめて半日の休暇を何回かに分けて掴み取った。
僕は出来る限り若い内に稼いでおこうと、これまで休みを極力減らして仕事を詰めて貰っていた。
そのため、自ら望んで休暇を取得したのは、実は今回が初めてだった。
そんな事情もあってか、マネージャーは意外にもすんなりとスケジュール調整に協力してくれた。
こうして、いざ彼女に会いに行くことを決めたはいいが、職業柄、彼女や店に迷惑をかけてしまう可能性を考えるとレストランやカフェで会うことも難しい。
とは言え、いきなり家に呼び出すのはハードルが高すぎる。
だとすると彼女の職場……は、流石にまずいか。と考えたところで、僕は妙案を思い付いた。
(そうだ、僕が婚活をすれば良いんだ。)
真面目な結ちゃんは、婚活をしに来た相手を無下にはしないはずだ。
それに、結ちゃんのもとで婚活をしていれば、もし仮に振られたとしても、その後も接点ができるので挽回のチャンスがあるのではないか。
婚活をする決意を固めた僕は、すぐに行動に移した。
結ちゃんの働く営業所に連絡し、職権を乱用……いやフル活用して、婚活することを他人に知られたくない云々と適当な理由をつけて、幼馴染の彼女を担当につけてもらった。
いざ営業所に出向くと、営業所長には、榎本京人を騙る結ちゃんのストーカーではないかと警戒されていたようだが、なんとか誤解は解けたようだった。
結ちゃんとは久々の再会なので、もし話が弾んで今日中に手続きが終わらなかったらすみません、と事前に営業所長に伝えていたおかげで、なんとか結ちゃんを連れ出すことにも成功した。
ここまでしてやっと手に入れた結ちゃんとの時間は、絶対に無駄にできない。
何としても、この家にいる間に自分のことを結婚相手の筆頭候補として意識してもらうしかない。
そう決意を新たに、僕はブランケットを手にして意気揚々と寝室を後にしたが、早速出鼻を挫かれることになる。
リビングにいたはずの結ちゃんが、何故か、忽然と姿を消していたのだーー。




