21、彼の想い
結は逸る気持ちを抑えて、丁寧に雑誌を捲り、京人が出ているページを開いた。
そのページは見開きで、Tシャツにジーンズ姿の京人がベッドに仰向けに横たわっている写真が大きくプリントされ、左右の空きスペースには何やらインタビュー記事が載っている。
だが、結にはそんなことよりも気になることがあった。
(腹筋が見えてる……! しかもこれジーンズ履いてるけど、ちょっとだけ見えてるのは下着では?!)
結は本人の前でこれ以上読み続けるのが恥ずかしくなり、そっと雑誌を閉じた。
「見ました……」
「いや、絶対見てないよね?! ちゃんと読んでみて!」
「だって、腹筋が……」
「そこはどうでもいいから!」
「どうでもいいの?!」
(男の人って、自分のお腹を見られることに抵抗ないのかな? 私だったら、すごく恥ずかしいと思うんだけど……)
「とにかく、ちゃんと文章を読んでみて。」
「うーん、分かった……」
結は恥ずかしさで直視できないような気がしたが、京人が許してくれなさそうなので、渋々もう一度同じページを開き、出来る限り写真を視界に入れないようにしてインタビュー記事を読んだ。
ーー好きな女性のタイプについて教えてください。
僕は結構単純なので、バレンタインデーに毎年必ず僕だけにチョコレートをくれるような子がいいです。それを何年間もずっと続けてくれるような、良い意味で変わらないでいてくれる子が理想ですね。
そんな子が身近にいたら、惚れちゃいます(笑)
ーーちなみに、初恋はいつ頃でしたか?
僕の場合、気付くのが遅くて。自覚し始めたのは中学生の時ですね。気になってる子が他の男子と歩いているところを偶然目撃して、すごくショックを受けて。その子のことが好きなのかもって思い始めたのが最初ですね。
ーーそれはショックですね。その時はどうされたんですか?
とりあえず、二人の間に割って入りました(笑)
実は、アイドルになったのもそれがきっかけです。それまではスカウトされても全部断っていたんですけど、アイドルになったら好きな子に気にかけて貰えるんじゃないかっていう打算もあって……
あと、その子が小林夏子さんのファンで、アイドルになって共演できたら、サインを貰えるんじゃないかと思って。
ーーサインは貰えましたか?
それは内緒です(笑)
でも、夏子さんとはグループの皆仲良くさせて貰っています。歌のアドバイスを頂いたり、お土産を頂いたり……今思うと、頂いてばかりですね。夏子さん、いつもありがとうございます!
ーー意外な交友関係ですね。双方のファンの皆さんも驚かれると思います。
確かに!(笑)
皆さんの反応が楽しみです。
ーー脱線してすみません、話を戻しますね。女性にときめいたエピソードはありますか?
好きな子が受験をする時に、御守りをあげたことがあって。その子が、受験が終わっても、その御守りを鞄に着けてくれていたのを見た時は嬉しかったし、ときめきました。
(なっちゃんと仲良かったんだ……全然知らなかった。それに、好きな子って書いてある……。)
これまで知ることがなかった京人の想いを知って結は驚いた。京人にとって自分は「近所の子」位の認識なのだろうと思っていたため、まさか自分のことをこんなに大事に想ってくれていたとは、想像もしていなかった。
(好きなタイプ、徳川家康じゃないじゃん……)
営業所でのヒアリングは一体何だったのかと思ったが、どちらにしても自分のことを指していたと気が付いて、結は胸が苦しくなった。
(なんで、もっと早く読まなかったんだろう。「告白をスルーされ続けてた」のに、京人君はどうして何も言わなかったの?)
この雑誌が発売されることを結に伝えるのは、きっと勇気がいたはずだ。この雑誌の他にも、京人はこれまで何度も自分が載る雑誌や出演するテレビ番組を連絡してくれていた。
(きっと、これまで何度も勇気を出して連絡してくれてたんだ……)
結は当時の京人に、謝って抱き着きたくなったが、今となっては後の祭りだった。
雑誌の続きが気になって結が夢中で読んでいると、いつの間にか側を離れていたらしい京人が2人分のおやつを持ってきた。
「結ちゃん、食後のデザートは如何ですか?」
「あっ……ありがとう、頂きます。」
結はもう京人の顔を見ることができなかった。顔を見たら泣いてしまいそうだし、きっと抱き着きたくなってしまう。
「マネージャーさんにお土産で貰ったチョコレートのシフォンケーキだよ。人気で中々手に入らないんだって。」
「……ありがとう。すごく美味しそう。」
京人は2人分のシフォンケーキをローテーブルの空いている場所に置くと、まるで暖をとるかのように、結にぴったりとくっつく形で右隣に座った。
(え、近っ!)
結は恥ずかしさで慌てて手にしていた雑誌で顔を隠したが、今度は雑誌に写っている京人と目が合って、すぐに雑誌も閉じた。
「あの……なんか、近くない?」
「え、そう? ごめんね、ソファ狭かったかな。」
「いや、ソファはめちゃくちゃ空いてるから!」
三人掛けのソファにはスペースが有り余っている。
すると、京人は何を思ったか、立ち上がってソファの空きスペースにクッションをぎゅうぎゅうに詰めると、結の隣に戻り、何事もなかったかのような顔でシフォンケーキを口にした。
「結ちゃん、これすごい美味しいよ! 食べてみて。」
京人は自分のお皿をローテーブルに置くと、結のシフォンケーキが乗ったお皿を差し出した。
(誤魔化した……! 京人君って、結構甘えん坊な気がする……)
美味しそうなチョコレートとオレンジの香りが漂い、甘い誘惑に負けた結は、差し出されたお皿を大人しく受け取った。
フォークで一口サイズに切り分けて頬張ると、見た目に反して濃厚なチョコレートの香りが広がるのと同時に、オレンジの爽やかな風味がして、重さを感じさせない軽やかな味わいがした。
「! すごい! これは本当に美味しいね。人生で食べたシフォンケーキの中で一番美味しいかも……!」
(……あれ? なんかこのシフォンケーキ……気のせいかな?)
「ね! 美味しくて僕もビックリした。今度自分でも買いに行ってみたいな。」
「ふふ、京人君が行ったら、お店が大変なことになっちゃうんじゃない?」
「確かに。ちゃんとオーラ仕舞っておかないとね。」
「オーラ仕舞えるの?!」
結はオーラを仕舞っている京人を想像して、くすくす笑った。
すると、急に京人が真面目な顔でじっと結を見た。
(えっ……何?)
京人の整った顔面の威力に耐えかねて、結は目を逸らし、残りのシフォンケーキをもぐもぐと頬張った。
すると、京人はフォークを持つ結の手を包み込むようにして触れ、結をじっと見つめた。
「結ちゃん……」
「はっ、はい!」
「もしかして……寒い?」
「え……あっ、確かに。言われてみればちょっと寒いかも。」
「ごめんね、気が付かなくて。飲み物も冷たいのにしちゃったから、身体が冷えちゃったかな。ブランケットを持って来るね。」
京人は結の手を離すと、立ち上がった。
「ありがとう。」
(なんだ……びっくりした。)
京人はただ結の体調を気遣ってくれていただけなのに、先程読んだ雑誌のこともあり、自分ばかりが意識してしまい、結は恥ずかしくなった。
京人が別室にいなくなった隙に、結はシフォンケーキを全て平らげ、先に食べ終えていた京人の分もお皿をキッチンに持って行き、シンクに置いた。
(なんか、いつもより手足が寒いし、歩くとふわふわする気がする。)
これはもしかして、と思い当たることがあり、結はキッチンに置いてあったシフォンケーキの箱のラベルを見た。
(まずい! これ洋酒入りだった……!)
食事の前に京人に苦手なものを訊かれたのに伝えるのを忘れていたが、実のところ、結はアルコールがとても苦手だった。
(やばいやばい、どうしよう……! 早く帰らないと! お願い京人君、早く戻って来て……! でないと、私は……)
結が正気を保っていられたのは、そこまでだったーー。




