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20、妄想上の彼


「もし京人君がアイドルじゃなかったら……?」


 もしアイドルにならずに、京人が中高一貫の進学校に通ったままだったら、きっと京人は大学でものすごくモテて、イケメンすぎる会社員になっていたことだろう。


 もしかしたら、中高が男子校だった反動で、大学で羽目を外した結果、チャラい系男子になっていたかもしれない。


 それこそ、もし同じ会社に先に入社していたら、チャラい上司として名を馳せて、会社の飲み会の二次会のカラオケで無駄に上手い歌声を披露していたことだろう。


 出世頭なのに、イケメンでしかも歌も上手いとなれば相当鼻につくし、営業所長にはとことん嫌われて犬猿の仲になっていそうだ。


 きっと挨拶する時も「っす!」と、「おはようございます」なのか「お疲れ様です」なのかよく分からない挨拶をしていたかもしれない。


 もしも京人がそんな様子だったら、結は果たしてこんな年齢まで好きなままでいただろうか。そんなサラリーマンの京人を想像して結は吹き出してしまった。


「ふふっ……! やばい、面白すぎる。」


「え、何?! 今の話に面白い要素あった?」


「あ、ごめんね。今ちょっと想像してみたの。もし京人君がアイドルじゃなかったら、って。」


「うん、どうだった?」


「チャラい上司になってた。」


「なんで!?」


 京人は、何がどうなってそうなったのか、全く理解できないという顔で困惑していた。


「お願いだから、もうちょっと現実的な方向で想像してみて! もし、僕が同じ会社の先輩だったらどう?」


「? うん、分かった。もし京人君が会社の先輩だったら……」


 結は、美味しいご飯をもぐもぐと頬張りながら、その状況を出来る限り現実的に想像してみた。


 先に京人が入社していて、きっと頼りになるイケメンの先輩として名を馳せていたことだろう。


 社内で有名になりすぎて、他の営業所からも何かしら適当な理由をつけては見学に来る女性社員が後を絶たず、京人は営業所長に煙たがられて、犬猿の仲になっていたに違いない。


 社内では京人派と営業所長派に派閥が分かれ、ストライキが起きていたかもしれない。


 と、そこまで考えたところで、京人に状況を尋ねられた。


「どう? どんな感じになってた?」


「会社でストライキが起きてた。」


「なんで!?」


「色々あって……ちょっと説明しにくいな。」


「会社はどうでもいいから、僕と結ちゃんの関係はどうなってた?」


「……私と京人君の関係?」


 結は、自分の妄想上の京人の世界に、自分が存在していなかったことに気が付いた。


 美味しすぎる豚汁をもぐもぐと頬張りながら、結はもう一度、もし自分の職場に京人がいたらどんな関係になっていたか想像してみた。


 5歳年上の会社の先輩兼幼馴染の京人は、きっとスーツが似合うイケメン会社員になっていたことだろう。


 営業所のプリンターが紙詰まりを起こして結が困っていると、どこからともなく颯爽と現れて直してくれたり、ストーカー紛いの行為をしてくる困った相談者が来た時は、担当を代わって助けてくれそうだ。


 きっと、すごく頼りになる先輩だったことだろう。


 会社の飲み会では、毎回女性社員達に囲まれつつ、うまいこと抜け出して、結にも話しかけに来てくれそうだ。


 飲み会の帰りも、結が他の女性社員達から僻まれないように、別々に帰るふりをして、駅で一人になったところで声を掛けて、家まで一緒に帰ってくれそうだ。


 完璧すぎる。そんなの惚れてしまう。いや、元々惚れているのだが。


 もしもそんな完璧すぎる会社員の京人だったら、毎日緊張で落ち着かないし、結は仕事にならなかっただろう。ある意味、刺激が強すぎて穏やかな日常とは程遠い生活になっていたことだろう。


「どう? 僕と結ちゃんの関係はどうなってた?」


 京人にそう声を掛けられて、結は妄想の世界から現実に戻って来た。


「うーん……京人君が完璧でかっこよすぎて、毎日落ち着かないような気がする。」


 結は自分の妄想が恥ずかしくて、京人から目を逸らした。


「なるほどね……まあ予想はしてたけど、今ので大体状況は分かったかな。」


(今ので、何か分かったの?!)


「結ちゃん、もうご飯は食べ終わったかな?」


 結がテーブルの上を見ると、二人共もう食器が空になっていた。結が一生懸命妄想しているうちに、いつの間にかお互いに食事を終えていたらしい。


「うん。全部美味しかったよ、ありがとう。」


「そう。それは良かった。お皿は僕が片付けておくから、結ちゃんはこっち。」


「えっ?」


 食事を終えたら帰るものと思っていた結は、虚を突かれて、京人に手を引かれるまま広いリビングルームのソファに座った。


 三人掛けソファの中央に腰掛けた結は、どうしたら良いのか分からず、隣に立つ京人を見上げた。


「結ちゃんに見せたいものがあるから、ちょっと待ってて。」


「えっ、ちょっと……」


 結の制止も虚しく、京人は足早にリビングルームを出ていった。


 程なくして、京人はどこからか大量の雑誌を持ってきて結の目の前のローテーブルに置いた。


 その一番上に置かれた雑誌の表紙には見覚えがあった。恐らく、京人のインタビューが載っている雑誌だ。


「これまで何回か、良かったら見てねって連絡した雑誌とかテレビ番組あるでしょ? 結ちゃん見てくれた?」


「それは……」


(……どうしよう。)


 京人はたまに近況報告のように出演予定の雑誌やテレビ番組を連絡してくることがあった。


 だが、連絡してくるものは大抵が恋愛に関するインタビューがメインの内容だったため、結はどうしても勇気が持てず、見ることができなかった。


 京人に載る予定だと言われた雑誌は、購入して写真だけを見て、大切にクローゼットの奥にしまい込んでいた。テレビ番組も録画はしてあるものの、観てはいなかった。


「ごめんね。せっかく連絡してくれたのに、あまり目を通せてなくて……」


 申し訳なく思った結は正直に謝ったが、なぜか京人は喜んだ。


「やっぱり! よかった……」


(どうして喜んでるの……?)


「何年も前のテレビ番組は流石に難しいし、雑誌も一部しかないけど、今持って来たから、読んでもらえないかな。できれば、上の古いやつから。」


 京人はどこか緊張したような面持ちをしている。


「え、今?」


「うん、今。」


 本人の目の前で読むのは恥ずかしいが、京人は読むまで絶対に逃さないという顔をしている。


「さっき、好きな子に『もう何年も告白してはスルーされてる』って言ったの覚えてる?」


「うん、覚えてるよ。」


 営業所で京人のこれまでの恋愛について訊いた時、確かにそう言っていた。


「この雑誌に結ちゃんへの告白が載ってるから。」


「え?! どういうこと?」


「とにかく読んでみて。」


「うん……」



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