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16、まさかの告白


「実は、僕の仕事柄、正式に誰かとお付き合いしたことは一度もないんだ。仕事を除けば、デートをしたことも一度もないし。」


「……そうでしたか。」


(そんなことある……?!)


 メモを取りながら辛うじて平静を装った結だが、内心はかなり動揺していた。


 結は今29歳で、京人は5歳年上のため、今は34歳のはすだ。


 さらに、彼は今やCMやドラマにも数多く出演するトップアイドルだ。綺麗な女優や業界関係者との出会いも多いのではないだろうか。


 もしかして、一夜を共にすることはあっても付き合いはしないとか、ホテルでしか会わないからデートではないとか……と結は一瞬考えたが、賢い京人に限って、それはないように思えた。


 京人はそんな結の考えを察したのか、とんでもない説明を加えた。


「要するに、童貞なんだ。」


「……え?」


「童貞なんだ。」


(2回言った……!)


 幼馴染からのまさかの告白に、最早、結は平静を装うことは出来ず、顔がカッと熱くなった。


「……な、なるほど。」


 となると、京人はこれまで恋人を作らず、夜遊びもせずに、今までずっとひとりで過ごして来たということになる。


 華やかな芸能界にいても、京人が変わっていないようで結は内心安堵した。


 そんな結の様子を見ていた京人は、嬉しそうに微笑んだ。


「結ちゃんって、分かりやすくて素直なところがいいよね。……なんか、嬉しいな。」


(分かりやすい? 気持ちがバレてる……!?)


 結は焦って、話題を変えることにした。


「そ、それで……付き合ったことはないにしても、これまで好きになった人とかは?」


 結がおずおずと質問すると、京人は心底困ったような顔をしてため息をついた。


「それが、僕はこれでも結構一途でね……学生の頃からずっと好きな子はいるんだけど、もう何年も告白してはスルーされ続けていてね……」


(……これは、辛すぎる。)


 長年、片想いの相手にスルーされている京人も辛いだろうが、京人に好きな人がいると分かった結も相当なショックを受けていた。


「そうでしたか……。」


 結は好きな人の話をする京人を直視できず、俯いた。


「正直、断られたとしても絶対諦めるつもりはないけど、返事も貰えないとなると、どうしようもないからね。」


 確かに告白の返事を貰えないと、諦めて次に進むこともできないように思われた。


 となると京人は何故、わざわざ結婚相談所に入会しようとしているのか。


 好きな相手を「諦めるつもりはない」と言っていたが、諦めて婚活をすることにしたのだろうか。


 京人の考えがよく分からず、結は混乱してきた。


「それで、お相手のことは諦めて、今回結婚相手を探しに来られたということでしょうか?」


「それがまあ、困ってるところでね……」


 京人にしては珍しく歯切れが悪い。


「事情は話せないんだけど、僕はどうしても1年以内に結婚しないといけなくて。」


「……なるほど。」


 京人が1年以内に結婚する。その事実にまた結はショックを受けた。


「それで、もし好きな子に振られたらすぐ婚活しようと思って。まあ、振られるつもりは一切ないけど。」


(すごい自信だ……!)


「そんなわけで、よろしくね結ちゃん。」


 京人はにこっと結に笑いかけたが、何故か、その笑顔からは強いプレッシャーを感じた。


「こちらこそ、よろしくお願いします。」


 結は、京人の人生が自分の腕にかかっていると思うと身が引き締まる思いがした。


「早速ですが、お相手の条件を決めて絞り込みたいので、好きな女性のタイプを教えてください。」


「好きなタイプは……徳川家康みたいな子かな。」


「徳川家康?! それは一体どういう……?」


 相変わらず、何を考えているのかよく分からない京人の発言に結は動揺した。


 仕事柄これまで数多の男性に同じ質問をしてきた結だが、好きな女性のタイプを屈強な戦国武将で例えようとする奇天烈な相談者は京人が初めてだった。


「確か家康公って側室が沢山いたはずですが……?」


(そんな奔放な女性、現代の結婚相談所で探すのは逆に難しいと思うんだけど……)


 結が困惑しているのに気が付き、京人は若干苦笑しつつ、慌てて訂正した。


「はは、違うよ。ほら、ホトトギスで有名な川柳あるでしょ?」


(もしかして……)


「鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス……?」


「そうそう、懐かしいよね。覚えてる?」


「……」


 結はどう返すべきか分からなかった。


 それは、まさに京人と最後に会ったあの時に結が言ったことだった。


『結ちゃんは恋愛禁止のアイドルです。……だけど、好きな子ができてしまいました。結ちゃんならどうしますか?』


 あの時、そう質問された結は、こう答えた。


『……鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス。』


『……徳川家康?』


『うん。私だったら、恋愛しても許されるような状況になるまで、ひたすら待つ!』


『そっか……結ちゃんらしいね。』


『でも、待ってる間に好きな人が取られちゃったら嫌だから、その間もこまめに連絡して、忘れられないようにする。あと、仕事も頑張って、テレビとか雑誌に沢山出て、忘れたくても忘れられないようにするかな。』


『なるほどね。……はあ。分かってはいたけど、これは長期戦でいくしかないな。』


『え、何か言った?』


『いや、何でもないよ。』


 京人と最後に会った時、確かにそんな会話をしていた。


 あの時のことは何度も思い返していたため、今でも鮮明に記憶に残っている。


 とはいえ、今は京人の好きなタイプの女性の話をしていたはずで、それが結が言ったあの川柳と言うことはつまり……


「つまり、僕は結ちゃんが好きです。」


「なっ……!? え?」


「僕と付き合ってください。」


 結は驚きのあまり、腰を抜かしそうになった。


(京人君が、私を?! 嘘でしょ!?)


『僕はこれでも結構一途でね……学生の頃からずっと好きな子はいるんだけど、もう何年も告白してはスルーされ続けていてね……』


 先程京人はこう言っていたが、結は京人から告白など一度もされたことがないし、やはり冗談なのではないかと思ったが、京人の顔はあまりに真剣だった。


 それに、つい先程、京人の言うことは必ず信じると約束したばかりだ。


 結がどうすべきかと対応に苦慮していると、京人は結のことを気遣ったのか、早々に話題を切り上げた。


「ごめんね、職場でする話じゃなかったね。できたら場所を変えたいな。」


「え、どこに?! 婚活は?!」


「とりあえず婚活は一旦、保留かな。まあ、それも結ちゃん次第だけど。」


「えぇ……?!」


(もう会員登録しちゃったんだけど…! しかも営業所長が隣の部屋で待ってるんだけど!)


「ちなみに、営業所長さんの許可は取ってあるから。とりあえず、行こうか。」


「どういうこと?! いつの間に?!」


 結が混乱している間に、京人はさっさと結の分も荷物をまとめて、帰る準備を済ませてしまった。


「あ、結ちゃんお茶飲まないの?」


 机の上の紙コップには結の飲みかけのお茶がまだ残っていた。


 一方、京人はいつの間にか自分のお茶を全て飲み干していたようで、空の紙コップを手にしていた。


「いや、もうそれどころじゃ……」


「じゃあこれ貰うね。」


「えっ?」


 京人は何を思ったか、結のお茶が入った紙コップを手に取ると、一気に飲み干してしまった。


「ちょっ、え!?」


(これって、間接キスでは?!)


 結のそんな考えを察したのか、京人は悪戯に成功したような顔をして、結の耳元に顔を近付けた。


「……もしかして、ドキドキした?」


 耳元でそう囁かれて、結は飛び上がるように後ずさった。熱があるのではないかと思うほど顔が熱い。


(顔が、良いっ! ……じゃなくて、こんなの心臓がいくつあっても足りないよ!)


「はは。顔、真っ赤。可愛いね。」


 結は警戒心も露わに京人から距離をとった。


「どうして、こんな……」


「もう時間もないし、これ以上待ってあげられないんだ。……ごめんね。」


 京人は申し訳なさそうにそう呟くと、ドア横のラックに置いてあったトレイに2人分の空の紙コップを置き、トレイごと結に手渡した。


「ごめんね、これお願いしてもいいかな?」


「……はい。」


(これ以上待ってあげられない、ってどういうこと? まるで、ずっと待ってたみたいな……。)


「それじゃ、行こうか。」


 頭の中が疑問でいっぱいの結を他所に、京人は結の分も荷物を持って面談室の扉を開けた。







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