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10、初参戦


 翌月、満開の桜が見頃を迎える中、結は小学校を卒業した。


 卒業式当日、朝から早々に大号泣していた星奈は、卒業式が終わると目が真っ赤になっていた。


「結ちゃん、卒業しても絶対仲良くしてね! 学校は違うけど、また絶対遊ぼうね! いつか絶対Plantsのライブ一緒に行こうね!」


「ふふっ、絶対が多いね。」


 話しながらも涙が止まらない星奈に、結はティッシュを差し出した。


「星奈ちゃん、ずっと仲良くしてくれてありがとう。また遊ぼうね。」


 星奈は地元の中学校に進学するため、私立の中学校に通う結とは違った進路に進むことになっている。今後は中々会えなくなるだろう。


「うぅ……結ちゃああん!!」


 星奈は結が差し出したティッシュを受け取らずに、タックルする勢いで結に抱きついた。


 絶対離れないとでも言いたげにぎゅっとしがみつき、結の胸に顔を埋めている。


(今、絶対私の服で涙拭いたよね!?)


 なんとか星奈と別れた後、結は1年生の時に何度も京人と歩いた小学校から家までの道を、母と2人で歩いた。


 結は京人から合格祝いのプレゼントを貰った時のことを思い出していた。


「結ちゃんなら絶対合格するだろうと思って、実はかなり前からプレゼント用意してたんだ。」


 どれだけ知名度が上がろうとも、京人が自分のことを思い出してくれる瞬間がある。その事実は結の支えになった。


 先日のホワイトデーも、京人からのプレゼントが結の家の玄関のドアノブに掛かっていた。


 今年のプレゼントは焼菓子とスマホケースだった。


 焼菓子は、まるでジュエリーでも入っているかのような小洒落た箱に、フィナンシェやマドレーヌが入っていた。


 どれも明らかに市販の焼菓子とは一線を画す美味しさで、かなり高級なものなのではないかと思われた。


 スマホケースは、ピンクを基調とした上品な花柄のものだった。


 結はこれまでキッズ携帯は持っていたが、スマートフォンを持っておらず、つい最近母から買ってもらったばかりだった。


 ケースを貰ってすぐに、新品のスマートフォンに取り付けた結だったが、京人が何故、結がスマートフォンを買ったことや機種を知っているのかが疑問だった。


「「ねえ、もしかして…」」


 母と話し掛けたタイミングが被ってしまい、2人は顔を見合わせて笑った。


「似たもの親子みたいで恥ずかしいわね。何?」


「私は全然急ぎじゃない話だから、お母さん先に話して。」


「そう? うーん……」


 母は、何から話すべきか決めかねている様子だったが、意を決したようにはっきりと聞いてきた。


「結は6年間ずっと京人君が好きだったの?」


「えっ??!」


 予想外の話題に驚いた結だが、さらに、好きであることは確定しているかのような母の口ぶりに、尚更驚かされた。


「別に隠さなくていいのよ。誰を好きになるかは自由だもの。ただ不思議だったのよね。あんまり接点がなかったのに、6年間ずーっとじゃない?」


 自分でもまだ自覚していなかった頃から、自分の恋心が母に筒抜けだったことが分かり、結は恥ずかしさで、顔がかっと熱くなった。


 母はそんな結の様子を気にせずに続けた。


「しかも、好きだからといって、クリスマスとか誕生日に何かするわけでもなく、毎年バレンタインデーとホワイトデーだけだったし。他に本命がいるのかと思ったけど、そんなこともなさそうだったし。どうして?」


 母は、決して揶揄っているわけではなく、純粋に理由が気になる、という風に見受けられた。


「どうして、って……」


 改めて考えてみると確かに不思議だった。


 今となっては京人よりも、学校さえ違う一翔のほうがまだ接点が多い位だ。


 それでも、会えた時にあんなに嬉しくなる相手は他にいないと結は確信していた。


 どうしてかと好きな理由を訊かれれば思い当たるものは沢山ある。


 優しいから。

 面白いから。

 かっこいいから。

 歌が上手いから。

 ノリが良いから。


 しかし、そのどれもが正解ではあるが核心を突いていないように感じられた。


 その時ふと、数年前、塾の帰りに京人と偶然会った時、一翔に言われた言葉が頭を過ぎった。


「なんか似てない?顔とか雰囲気とか。」


 あの時は意味がわからなかったが、今なら分かるような気がする。


 京人にあって他の人にないもの。


「……似てるから。」


「え……何が?」


 母は首を傾げて、真剣に考えたが全く分からない、という反応をした。


 今更誤魔化すことはできないと悟り、結は面映ゆく感じながらも正直に答えることにする。


「されたら嬉しいと思うこととか、逆にされたら嫌なこととか、面白いと思うものとか、考え方とか……とにかく、なんか似てるような気がするの。」


 だからこそ、一緒にいてしっくり来るし、安心する。結は口にして初めて、自分が京人に対して感じていたものが明確になった気がした。


「……なるほどね。分かるような気がするわ。」


 母はゆっくりと歩きながら、街道に並ぶ桜の木を見上げた。


「お母さんね、京人君がアイドルになった時、正直心配してたのよ。結が受験そっちのけでテレビに夢中になったり、ライブに行きたいって言い出したりするんじゃないかって。」


 確かに受験生の親としては気がかりな問題だろう。母の心配も頷ける。


「でも、そうならなかった。矛盾してるけど、ずっと我慢させちゃってたのかなって気になってたの。」


「お母さん……ありがとう。私は大丈夫。」


 確かに、テレビでPlantsのライブ映像が流れると、やはり会場で応援したかったと思うし、今となっては観ることが出来ないデビュー当時の映像や出演番組を観たいと思ったことは一度や二度ではない。


 京人に「一生懸命応援する」と言った約束が果たせていないようで、後ろめたさもあった。


 だが、それでも結は、応援するならやるべきことをやってから、自分のお金で! と決めていた。


「そう……それなら良かった。」


 母は安心した顔をしていた。口には出さなくても、ずっと心配してくれていたのだと分かり、結は母に感謝した。


 すると、母は何を思ったか、急にくるりと結のほうを向いた。


「結、お母さん決めたわ。合格祝い、まだあげてなかったわよね?」


「そういえば、貰ってなかった……かも?」


「一緒にPlantsのライブに行ってみましょう。それが合格祝いよ!」


「えぇーー!?」


結局、結は自分の質問は出来なかった。


ーーーー



 母に促されるまま、あれよあれよと3週間後に開催されるPlantsのライブ行きが決まり、当日を迎えてしまった。


 結は母と2人で人で溢れかえるライブ会場に来ていた。


 ただでさえ人出の多い休日で、さらに人気アイドルのライブとあって、まるで満員電車のような混み具合になっている。


 そして今……2人は完全に迷子になっていた。


「……お母さん、本当にこっちであってるの? どんどん行列から離れて行くんだけど……」


「大丈夫よ。お母さん、なっちゃんのライブなら何度も行ってるから!」


「演歌歌手とアイドルじゃ、場所も規模も全然違うでしょ!?」


「いやー、それにしても、偶然! 月末にPlantsのライブがあって良かったわね。偶然! お母さんの知り合いからチケットの枠を貰えたし。」


「明らかに今誤魔化したよね……」


 さらに、なぜか無駄に「偶然」を強調する母に不信感が募る。


 そもそも、Plantsは人気すぎてファンクラブに入っていてもライブチケットが取れないと、以前星奈に聞いたことがある。


「こんな急にチケット用意できる知り合いって、絶対京人君のお母さ……」


「結ちゃーん! こっちよーー!」


 前方から両手を大きく振りながら駆け寄ってきたのは京人の母、景子(けいこ)だった。


(やっぱり……)


「久しぶりね、結ちゃん。もうこんなに大きくなって。最初に会った時は幼稚園生みたいに小さかったのに……」


 景子は結の手を両手でぎゅっと握った。


「お久しぶりです。」


 結は久々に会う景子に会釈をした。


「中学合格もおめでとう。あんな難関校に受かるなんて、すごいじゃない結ちゃん! 頑張ったのね。」


「ありがとうございます。京人君には全然及ばないんですけど……」


 結がお礼を言ったところで、結の母が景子に声をかけた。


「けいちゃんが受験のこと色々教えてくれたお陰よ。本当にありがとう。」


(けいちゃん?!)


「いやん、もう当然よ! こちらこそ今日は来てくれてありがとう、はるちゃん。」


(はるちゃん?!)


 彼女達は一体いつから名前で呼び合う仲になっていたのだろうか。ちなみに結の母の名前は春香(はるか)である。


「じゃ、サクッと行きましょうか。」


 景子はコンビニにでも行くかのようなテンションで歩き出した。


(……サクッと?!)


 こうして3人はサクッと関係者入口でチケット代を払い、会場内に入った。



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