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9、鑑賞会


 京人の連絡先が分かったからといって、忙しい京人に連絡するのは気が引けてしまい、結は一度も連絡しないまま、翌月には6年生に進級した。


 受験を目前に控え、結が日々勉強に勤しむ最中、あっという間に桜が散り、紫陽花が散り、金木犀が散り、椿の花が咲き始めた。


 そしてクリスマスを目前に控えたある日、結が塾から帰宅すると、結の家の玄関に高級そうなピンク色の紙袋が掛かっていた。


 結は一目見ただけで送り主に見当がついた。


 慌てて自室で紙袋の中を見ると、美味しそうな焼菓子と小さな木箱と手紙が入っていた。


 結はまず、手紙を読んだ。


「結ちゃんへ。プレゼントが遅くなってごめんね。僕が受験勉強の時に身に付けていてご利益があった神社の御守りをプレゼントするね。結ちゃんの努力が実を結びますように。」


 差出人の名前は書いていなかったが、誰からのものかは一目瞭然だった。


 続けて木箱を開けてみると、立派な御守りが入っていた。


(これ、学問のご利益で有名な神社の御守りだ。)


 どうやら京人は忙しい仕事の合間を縫って、わざわざ御守りを買いに行ってくれたらしい。


 星奈が最近はPlantsを見ない日がないと言っていた。中々休みもないはずなのに、その貴重な時間を京人が自分のために使ってくれたことが結は嬉しかった。


(絶対、受かろう。)


 結は決意を新たにし、京人にもらった御守りを、通塾用の鞄につけた。



ーーーー



 年が明け雪が降り、寒さが一際厳しくなった2月の初め、結は無事志望校に合格した。


 長かった受験が終わった翌日、学校から帰宅した結は久々にテレビで民放の番組を観た。


(何これ……?!)


 テレビ画面に映し出されるのは、CMからドラマ、バラエティ番組に至るまでPlantsだらけだった。


 星奈から話は聞いていたものの、受験に集中するために何年も民放の番組を観ていなかった結は、この時初めてPlantsが既に国民的大スターになっていることを知った。


(京人君、こんなに凄かったんだ……)


 結は今更、京人と自分の間に大きな距離ができたように感じ、ショックを受けた。


 京人は学生の間だけアイドル活動をして、いずれは一般人に戻るのだと結は思っていた。


 だが、ここまで知名度が上がり、人気が出てしまっている以上、そう簡単に辞めることはできないように思われた。


 テレビの画面では、化粧品のCMで京人の顔がアップで映し出されている。


(うわ! 近い、近い!!)


 なんとなく直視できずに、結は両手で顔を覆った。だがやはり観たい気持ちも抑えられず、指の間からこっそり覗くと、画面は既に別の情報番組に切り替わっていた。


(なんだ……。いや、何でがっかりしてるの。)


「それでは、さおり先生の今日のお料理コーナーです。今日はどんなお料理が登場するんでしょうか。VTRどうぞ!」


 生放送の番組の料理コーナーで、MCのタレントの女性が指示を出すと、画面が録画映像に切り替わった。


 ニュース番組風のスタジオからキッチンに変わり、画面上にはエプロンを身に着けた綺麗な中年の女性が登場した。


「はーい! 料理研究家のさおりです。今日はもうすぐバレンタインデーということで、チョコレートのカップケーキを作っていきます。」


「さおり先生、よろしくお願いします。」


 MCの男性アナウンサーが料理研究家の先生に丁寧にお辞儀をする。


(そっか、もうバレンタインデーの時期なんだ……早いな。週末に京人君のチョコ買いに行こうかな。)


 どれだけ有名になったとしても、結にとって京人はPlantsの京人である以前に「幼馴染の」京人だ。


 有名だからと一方的距離を置くようなことはしたくなかった。


 京人の性格的にも勝手に距離を置かれるようなことは望まないような気がした。


 そんなことを考えながら、結はぼんやりとテレビを観ていた。


「それでは、一緒に作ってくれる今回のスペシャルゲストをお呼びしたいと思います!Plantsの皆さんです、どうぞー!」


「「「こんにちはー!」」」


 MCに紹介され、にこやかに手を振りながら画面に現れた京人達に驚き、結は飲んでいたマグカップのお茶を溢しそうになった。


(なっ……! 何で?!)


 衣装が汚れないようにするためか、京人達はエプロンをつけているが、全員似合いすぎて小洒落たカフェ店員のようになっている。


「それでは早速作っていきましょう。よろしくお願いします!」


「「「よろしくお願いします!」」」


「まずはバターを…」


 料理研究家の先生の指導のもと、3人はカップケーキの生地を作り始めた。


(大丈夫なの?! 京人君料理とかできるの?)


 結は内心ハラハラしながら、様子を見守っていた。しかし、意外にも京人は手際良くあっという間に生地を作り終えた。


(そういえば、京人君器用だったもんね。)


 小学生の頃も、歌を歌わせてみれば音程は完璧で歌手のようだったし、雪道で滑った時には、ランドセルを背負ったまま体操選手のような華麗な回転技を披露し着地してみせた。


(小さい頃は、京人君は何でもできるところが面白いと思ってたけど、今思えば凄いことだったんだよね。アイドルは天職だったのかも。)


「それでは、生地が焼けるのを待つ間にPlantsの皆さんにお話を伺いましょう。皆さんのバレンタインデーの思い出を教えてください。」


 アナウンサーに話題を振られ、マイクを持ったのは京人だった。


 京人はPlantsのリーダーらしいので、こういう時は最初に話すと決まっているのかもしれない。


「僕は中学が男子校だったんですけど、小学生の幼馴染が毎年チョコをくれて、0個は回避してました。毎年1個でした!」


 1個なのに京人はなぜか誇らしげな顔をしていた。


「1個でなんで自慢気なんだよ!」


 ドヤ顔の京人に、メンバーの葵がすかさずツッコミを入れていた。


(本当に1個だったんだ……)


 京人はモテそうだし、男子校と言えど実際は誰かから貰っているのではないかと結は思っていた。渡していたのが自分だけだと分かり、密かに安堵した。


「かなりモテそうなので意外ですが、それは微笑ましい思い出ですね。それでは、葵さんは……」


 MCが他のメンバーにも話題を振っていくが、結はどうしても画面の端にちらちら映る京人ばかり観てしまう。


 前回会った時よりもさらに背が伸びて、顔つきも精悍さが増し、大人びたように見える。


 結は本音ではもっと京人に会いたいと思っているが、そうできないことも十分理解している。


 連絡しようと思えば連絡することもできるが、京人のことを考えれば、今は連絡をしないほうが良いように思えた。


 テレビ画面ではPlantsの出番が終わり、スタジオの生放送に戻っていた。


(会えないなら、せめて京人君が出る番組は観ておきたい。)


 結は京人が出演する番組を片っ端から全部録画予約した。


ーーーー


 半月後のバレンタインデー当日、結はチョコレートと手紙を紙袋に入れて京人の家の玄関のドアにかけた。手紙には、志望校合格の報告と御守りのお礼を書いた。


 チョコレートは市販のものだし特別感はない。それでも、今はこれ位が丁度良いと結は自分を納得させた。


 翌日の土曜日、結は母と食材等を買い出しに行くことになった。


 母より先に靴を履き終わった結が玄関のドアを開けると、外側のドアノブに紙袋が掛かっていた。


(これ、有名な化粧品ブランドの袋じゃん! 何だろう?)


「お母さん、これドアに掛かってたよ。」


 結は母に紙袋を手渡した。


「えー、何だろう? ちょっと見てもいい?」


 母が玄関先で紙袋の中を覗き、手紙を取り出した。


「あれ? これ結のじゃない? ちょっと見てみて。」


 手紙の封筒の宛名に「結ちゃんへ」と書いてあるのが見えて、結は手紙と紙袋を受け取った。


 封筒には差出人の名前が書かれていなかった。


(もしかして……でも、何で?)


 結が封筒を開けてみると、中にはこう書かれていた。


「結ちゃん、志望校合格おめでとう! 結ちゃんなら絶対合格するだろうと思って、実はかなり前からプレゼント用意してたんだ。チョコもありがとね。ホワイトデー楽しみにしててね。」


 差出人の名前が無くても、誰からの手紙かはすぐに分かった。結がチョコレートを渡す相手は星奈を除けば毎年一人しかいないのだから。


 星奈にはまだ志望校に合格したことは言っていないし、差出人は明らかだった。


(すごい……嬉しい。)


 紙袋の中にはブランドのロゴ入りの箱も入っていた。箱を開けて中を見てみると、ピンクを基調としたオシャレなリップグロス、ハンドクリーム、ロゴ入りポーチのセットだった。


(オシャレですごく可愛い……!)


 結はあまりの嬉しさと感動で目が潤んだ。何年間も毎日色々なことを我慢して、ひたすら勉強に励んだ努力が今まさに報われたように思えた。


「もしかして京人君?」


 母にそう訊かれた結は、こくこくと頷いた。今声を出したら涙が溢れてしまうと思い、返事は声にできなかった。


「良かったね。今度お礼言わなきゃね。」


 母は結の様子から何かを察した様子だが、当の結は涙が滲んで気がつかず、ただ、もう一度だけ強く頷いた。


結局この日は結が落ち着くまで時間がかかり、買い出しは夕方に行くことになった。



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