かいほう5
元聖女――ラズリアが覚醒したのは、夜もすっかりと明け、朝日が昇り切り、ミヒメたちの朝食が終わった所だった。
フウタの思惑通り、ラズリアは目を開けると視界に入ったドライフルーツが入った皿に手を伸ばし、毛布に包まったまま黙々と食べていた。
次から次へと皿に手を伸ばしては、咽喉が詰まりかけたようで、竹筒に入った普通のお茶を飲んではドライフルーツを食べるの繰り返しで、ミヒメたちを気にする様子はなかった。
特に柘榴のドライフルーツには、食べた者に幸福感を与える効果があった。数粒で満腹感も得られて動くのが厄介になる幸せでもちょっぴり恐ろしさも加えた、リゼットの逸品だった。
そろそろ満腹になる頃だろうかと、フウタはすぐに拘束できるようにと持っていた縄を確かめるように握り直し、反対の手に扇風魔法を展開して、準備を整えていた。
ヒナタは警戒露わにして、既に顕現させていた得物を軽く地面に突き刺し、ラズリアにその刃を向けていた。いつでも抜けるのだと、妙な動きをすれば容赦なく刃を向けると厳しい目でラズリアを見据えていた。
ミヒメは刃物を持っていない方が安全かと思い、フウタの腰をぎゅっと掴んで様子を窺っていた。
「……あ、え~と。ヒィッ――ら、ら、ラズリア、です」
お腹が満たされたラズリアが顔を上げると、目と鼻の先に刃があった。その刃が自分に向けられていることに気づき、咽喉から悲鳴が漏れた。幸福感は一気に弾けるも、満腹感に恐怖も相乗されて動けない。
正面には、地面に刺している変わった剣の柄を手にかけ、ラズリアを見据えるヒナタの姿があり、横を見ると、縄を片手に持つフウタの姿ある。そして、背後には、「ウォン」と此処にいるという合図を送る獣――くぅちゃんの鳴き声もあり、ラズリアは包まった毛布の中でガタガタと震えながら、ようやく思いだせた自分の名を口にした。
「それで――これからどうする予定?」
主導権は与えないと言わんばかりに、ヒナタは殺気を込め、ラズリアを威圧した。
「え、え、ええと、は、ははは――『始まりの地』を目指します!!」
噛み合わぬ歯を奮い立たせて、ラズリアは根性で言い切った。
「あたしはダンジョンコアを創るんです! そう――聖女の心臓が必要のない、ダンジョンコアを創るの!! 椿の聖女と約束したんだもん。でも、あたしにはまだ創れない。でも、あともう少しなの。あともう少しで……そのカギはきっと『始まりの地』にあるはずなの! だから、あたしは『始まりの地』を目指す!!」
強い意志が恐怖を吹っ切ったのか、ラズリアの勢いは増していく。
調子を取り戻したのか、毛布の中に手を入れて、でガサゴソを動くと、片眼鏡を取り出した。
「あなたたち――『まおうのペット』なの? 貴女がその『まおう』で、その心臓――」
片眼鏡をかけたラズリアは、目の前のヒナタをじっと見つめた後、頭をぐるっと動かして、フウタとミヒメ、くぅちゃんと頭に乗るどらちゃんとモモちゃんを一通り見ると、視線を戻して、ミヒメで止めた。
「――瘴気を自動浄化しているのね。『始まりの聖女』の心臓みたい……じゃなくて、それを上回る浄化力、素晴らしい!! 血液や脳脊髄液、体液の循環を通して聖浄な気が外に排出されていくなんて、なんて素晴らしいの!! この娘の心臓を、身体を研究したら、あたしの創りたいダンジョンコアもきっと創れるじゃな、いっ、ヒィッ――!?」
ミヒメに向かって這いずってきそうなラズリアを、どらちゃんが植物の蔦で、フウタが手に持っていた縄で毛布ごと拘束し、ヒナタは地面に刺していた剣を素早く抜き取り、ラズリアをが少しでも動いたら斬れてしまいそうな場所に刺し変えた。
ミヒメは恐怖から好奇心旺盛に一転して突っ込んできそうな勢いのあるラズリアに怯えて、フウタの背中に隠れている。その身体は僅かに震えているのをフウタは腰から伝わるミヒメの手からも感じていた。
「何で、うちの可愛い妹を君の実験体にしなきゃならないの? そんなこと――させないよ!!」
ヒナタはラズリアの頬の皮膚の一枚が斬れるギリギリのところまで剣を少しだけ傾けた。
「返事は?」
剣を少しだけ捻り回して、ヒナタは刃の腹をラズリアの頬に当てた。
「じじ、じ、実験体にはしません……けど……」
ミヒメへの興味は薄れないのか、ラズリアはチラチラとミヒメを見ている。
「けど、何?」
「あ、あの娘はだ、ダンジョンコアを破壊して、ふ、封印された魂を解放できるのでしょう? あ、あたし、見たもの。き、きちんと、お、憶えてる――それにあの娘は『まおう』で、あなたたちは『まおうのペット』なのでしょ? そのことが神聖教会にバレたら不味いのは、あなたたちも一緒のはず。あたしだって、神聖教会から逃げてきたんだもん。だから、一緒に行動した方がいいと思うの。あなたたちも『始まりの地』を目指しているんじゃないの? 違う? そうでしょ? あたし、錬金術師なの。役に立つわよ!! 見えないけど、ローブの中にある錬金鞄なんて、大きな小屋が入るんだから。欲しいでしょ? あたし、創ってあげる」
ラズリアは、最初は吃音でも、話し始めていくと流暢に早口になっていく。最後は自信満々に拘束されたままではあるが、後ずさりしながら胸を張ってもいたが――。
「――それなら、間に合ってる。ボクたち、収納魔法の魔導陣を組んだ魔導鞄持ってるし、作れるし?」
ヒナタに素っ気なく躱された。
「作れるな」
「ミミも、いっぱい持ってるよ」
フウタとミヒメの援護射撃に、ラズリアの張った胸は萎んだ。
「失った手足を再生できる上級万能薬なら……」
「――神聖力、今、ある? ないよね? で、創れる?」
「神聖力? ない!? なくなってる?? えっ、創れない?? 聖剣……は無理でも、剣とかは――」
「ボク、鍛冶職人だし、武器は剣じゃないし、特殊だから、わざわざ創ってもらう必要もないかな」
ヒナタはとてもいい笑顔で小気味よくバッサリと断った。
ミヒメはスコップを出して、「作ってもらったよ」とガッツポーズを決めていた。
「じゃ、じゃあ……料理なら? 錬金でパパッとすぐ創れちゃうんだから!!」
「それも必要ないな。料理はオレの担当だ。家事スキルの腕も上がってるから、オレの方が美味い」
フウタも手を緩めない。得意げな笑顔でバッサリ斬る。
「くるみ入りのヨモギ団子、とってもおいしかった。まだのこってる?」
ミヒメはフウタの背中を指でツンツンしていた。
「ああ、まだ残ってるぞ。あとでおやつに出してやるな」
「うん!」
ミヒメも錬金の料理には全く興味を示さなかった。
ラズリアの自信はどんどん崩されていった。背中を丸めて、ミノムシのように縮こまっていた。
「そ、そんな……あっ、そうだ! あたしのお兄ちゃん、冒険者なんだからね。強い冒険者で有名なんだから。あたしをいじめたら、お兄ちゃんが黙ってないんだからね!!」
勢いよく顔を上げたときに、ラズリアの珊瑚の赤い髪が主張するように大きく揺れた。
「あたしと同じ珊瑚のような赤い髪の冒険者、知らない? 名前は……」
ラズリアは視線を上に向けて、記憶を探っていく。
「珊瑚のような赤い髪……」
「どこかで見たような……!?」
「あっ、かくれんぼのお兄ちゃん!!」
ヒナタとフウタも記憶を探っていく中、ミヒメのヒントに記憶の中の顔が一致した。
「――レインよ!」
「レインさん!!」
「レインさんか!!」
それぞれ思いだすことができて、霞がかった頭がスッキリした。




