かいほう3
商家の娘に生まれた。
両親と一回り年の離れた兄の四人家族だった。
「――ラズリア」
両親が呼ぶ名前が、思い出せなかった自分の名前だと確信すると同時に、非情にもこれは夢だと分かってしまった。
瑠璃の瞳がラピスラズリの宝石のようだから、最初は『ラピス』という名前にしようかと両親は相談し合っていたようだったが、兄が愛らしいからと、『ラブリー』に一捻りして『ラズリア』になったのだとラズリアが7歳の祝福で『錬金スキル』を授かった時に、名前の秘話を教えてくれた。
愛らしすぎるから誰にも誘拐されないように名前の中に『愛』を秘めたのだと、同じ珊瑚のような赤い髪をしている兄が祝福のお祝いに錬金道具一式と一緒に教えてくれた。
兄は7歳のときに神聖教会で双剣スキルの祝福を授かったあと、冒険者見習いになっていて、ラズリアが祝福を受けた年にはすでに銀級の中級冒険者として活動していて、金級にもすぐに手が届くほどの有望な若手の冒険者として有名にもなっていた。
実家は、祖父が真贋スキルの目利きで立ち上げた商家としても有名だった。
ラズリアが生まれた時には祖父は他界していたから顔は知らないが、髪色も瞳も色も同じだったという。
だからなのか、兄はラズリアを殊の外可愛がった。
兄は冒険者だったから、あちこちに冒険に出かけることが多かったせいか、家を空けることも多く、ラズリアの傍にずっといたわけでもなかったから、久しぶりに会う妹を構いたかっただけかもしれない。
旅から戻るたびに、両親には商家に役立つ素材を、ラズリアには、祝福を授かってからは、錬金に使う貴重な材料をお土産に贈ってくれた。
そんな幸せな生活が3年続いたある日、両親が買い付けに隣村までに行く途中で盗賊に襲われ、命を落とした。不幸は続くもので、兄は行方不明となり、葬儀は遠い親戚が執り行い、いつの間にか商家も親戚を名乗る小父に乗っ取られてしまった。
商売が下手な小父は借金を重ね、錬金スキルを持つラズリアが高値で売れると知り、神聖教会に売った。
それからすぐに神聖教会で洗礼を受けたラズリアは白いリボンで名を縛られ、瑠璃の聖女になった。
洗礼を終えると、下級神官に講師となる聖女の元へと連れて行かれ、教えを乞うようにと言うと、ラズリアを部屋の中に押し込んでいった。
部屋の中に入ると、朱色の瞳と目が合った。目尻にうっすら皺のような跡が見えた。
母親より少し年上に見えた女性はラズリアに微笑んだ。
「わたくしもね、錬金スキルなの。よろしくね。『椿の』と呼んでくれたらいいわ。貴女は?」
儚そうで優美な女性は、ラズリアが部屋に入ってくると、作業台の手を止めて、早速にも自己紹介した。
作業台の道具類を見ると、ラズリアが持っている道具とほとんど同じだった。
「……『瑠璃』です」
あの時はまだ名前を憶えていた。けれども、咽喉から上へは、言葉は形にならなかった。口から出てきた言葉は、『瑠璃』という洗礼名だった。
「瞳の色と一緒なのね。その色は、貴女の希望の色よ。瞳の奥に秘められた輝きがいつかきっと貴女を希望の星へと導くから、諦めないで」
ラズリアを優しく励ます椿の聖女の顔色は青白かった。あまり健康そうには見えなかった。
「そうね、まずは万能薬作りから始めましょうか。錬金とは相性がいいから、すぐに創れるようになるわ」
その言葉通りに、ラズリアは一発で大怪我も瘴気も浄化できる中級の万能薬を作ることができた。
失った臓器を再生できる上級の万能薬が完成するのには半年ほどかかったが、1年も経たずに傷薬の軟膏や水薬、解毒薬など様々な薬剤のほとんどすべてを作れるようになっていた。
錬金スキル持ちは、椿の聖女とラズリアだけだったから、毎日のように椿の聖女の隣で、錬金を習い、腕を上げていった。
「あの……お手伝いしたいです」
椿の聖女はいつも、ラズリアには教えていない何かを創ろうとしていた。
見たことのない材料ばかりで、何度か訊いてみたこともあるが、「錬金の腕が上がってからね」と言葉を濁すばかりで、材料についても何も一切教えてくれることはなかった。
3年が過ぎた頃、それ以外の教えてもらったことは全て完成した。沢山収納ができる錬金鞄も作れるようになった。ダンジョンコアを封印するガラス箱も。
だから、そろそろ教えてくれるのではないかと思った。
「わたくしはね……ダンジョンコアを創りたいの」
ラズリアを凝視する椿の聖女の瞳の朱色の中に、瘴気が宿っているように見えた。




