かいほう2
ダンジョンコアとなった椿の聖女の心臓は浄化された。
そこに封印されて眠っていた魂も解放され、天へと還っていくと真っ白だった空間だったは、眩い光を放った。
「――ッ!!」
「クッ――」
ヒナタとフウタは咄嗟にミヒメを庇い、その胸に腕にミヒメと兄弟の体温を感じているのを確かめ、目をぎゅっと閉じた。ミヒメも兄たちに守られるように抱きしめられ、子狼となって潜り込んできたくぅちゃんのモフモフの毛が頬に触れるのに安心して目を閉じた。
瞼の内側まで刺さるように感じていた光も次第に消えていき、それぞれゆっくりと目を開けていった。
「此処は――」
「ダンジョンの入り口、か?」
先にヒナタが目を開けるも、視界はぼやけていた。
一拍遅れて目を開けたフウタは、お尻に触れた硬いモノを拾い、その感触が投げる前の胡桃の種と同じであることを理解すると同時に、周りにいくつもの胡桃が落ちていることに気が付いた。
「入り口だった胡桃の木はもうないみたいだけど、ダンジョンに入る前の景色と同じだから、きっとそうなんだろうね」
ヒナタの視界もようやくクリアになり、目測でも確認することができた。
「ダンジョンコアがあった部屋が光ったと思ったら、ダンジョンの入り口に戻ってるとはな」
「どういった仕組みなんだか、さっぱり分からないよ」
「ダンジョンは……あの山がそうだったのか、崩壊したのかは分からんけど、巻き込まれなくて良かったわ」
「ヒメちゃんはダンジョンの不思議よりも、今は胡桃拾いに夢中みたいだよ」
胡桃の木が消失した場所には、数えきれないくらいの胡桃の種が落ちていた。それをミヒメは無我夢中で新調した収納袋に入れて、楽しそうに拾い集めながら歩き回っていた。
「それよりも――此奴、どうする?」
腕を大きく伸ばせば、難なく捕まえられる距離に瑠璃の瞳の元聖女が赤子のように丸まって幸せそうな顔で眠っていた。その頬には薄く涙の跡が残っていた。
「元聖女だから、関わりたくはないけど、ヒメちゃんがダンジョンコアを浄化するのを見られちゃったから、このまま此処に置き去りにするわけにもいかないし……困ったね」
ヒナタは酷く面倒くさそうな顔で元聖女を見ていた。
一方的に喋りまくる騒がしい女性は、ヒナタの好みではなく、ウマも合わないので、嫌煙したい気持ちの表れだと理解しているフウタもまたため息をついた。
ヒナタは一見、何でも受け入れてくれそうな雰囲気に見えるが、結構好き嫌いが激しい。我儘を叶えてくれそうな、甘やかせてくれそうな見た目の所為か、自己主張の激しい女性が寄ってきた。
最初はトラブルを招きたくなくて、適当に話を合わせていたことで勘違いする女性も多くなり、最近は邪険にすることも増えていたから、目が覚めた元聖女が自己主張を押し付けるだけなら、自分が間に入り仲裁しなくてはならないかもしれないと考えると、どちらかというと人見知りなフウタは憂鬱にもなった。
「移動するのも大変だし、今日は此処で野営しない?」
灰白色の塊を嫌そうに横目で見ながら、ヒナタは提案した。
「その方がいいだろうな。下手に動かなさない方がいいだろう」
見知らぬ少女の了承も得ずに勝手に身体に触れるのも、誤解の種になりそうだとフウタも納得した。
それに――あの薄汚れたローブに触れたくなかった。触れてしまえば、徹底的に綺麗にしたいという欲望が前に出てしまう。
洗浄魔法で身を綺麗にすることも考えたが、ダンジョンコアを封印していた、あのガラス箱は普通のとは構造が違っているように感じた。明確には何が違うのかは説明できないが、特殊なガラス箱を簡単に消し去ったのは、元聖女のスキルが関係しているような気がして、安易に魔法を使うのも躊躇われた。
無理に脱がせても、要らぬ誤解を生みそうだと自分に言い聞かせ、フウタは視界に入れないようにしながら、野営の準備を進めていくも、どうしても赤い髪がチラチラと視界の端に映る。
――あの珊瑚のような赤い髪、どこかで見たような気がする。
赤い髪を見ているうちに、あまり邪険にしてはいけないような気がして、フウタは汚れても心が痛まない、そろそろ処分しようかと思っていた毛布を収納魔法で取り出し、今夜は少し冷えそうだから仕方がないのだと心の中で言い訳しながら元聖女にそっと毛布をかけた。
お腹も空いているだろうからと、起きた時に目の前に食べ物があれば、そっちに目が入り、その隙に対処もしやすくなるだろうと言い訳を重ねて、魔力はほとんど回復しない栄養価が高いだけのドライフルーツと竹筒に入ったお茶を元聖女の顔のすぐ横に置いたりと介抱していた。
フウタの行動にヒナタは気づいてはいても、非道でもないようで、文句をいうことななかった。
ヒナタは元聖女を視界に入れないと決めたのか、元聖女に背を向けて、ミヒメが収納袋いっぱいに集めてきた胡桃の種を割り、実を取り出していた。
元聖女が身動ぎするたびに、ピクピクさせているところを見ると、背後を警戒しているのは分かった。
「ひーたん、ミミもやりたい!」
「ん~、どうしようかな~。危ないし、力も入れないといけないから、一緒にやるならいいよ」
「やった~」
ヒナタはミヒメを膝の上に乗せ、小さなナイフをミヒメと一緒に持ち、胡桃の種の急所に傷を入れ、器用に割っていた。
「今日のおやつは胡桃入りのヨモギ団子にしよっかな~」
「さんせ~い」
元気よく返事するミヒメとは逆に、ヒナタはしょっぱい顔をしていた。
胡桃をつまみ食いをしたフウタも同じような顔をしていた。
味に塩気があるわけでもない。けれども、馴染のある魔力を胡桃から感じて、己を食べているような気がして、笑顔にはならなかった。




