かんせい
ボウの魔導具工場には、ヒナタとフウタだけでなく、ミヒメも声援係で居た。
本日は、くぅちゃんの身体を自由自在にする魔導具制作本番ということで、一発勝負に挑むことになった――といっても、未だに一度も成功していない。
練習だと思うと甘えが出て失敗するのだとボウに諭されてしまい、しかも最後の一個だと言われ、ヒナタもフウタも失敗が許されない、己との真剣勝負になってしまった。
「ふうちゃ、ファイト!」
ミヒメの合図で、先ずはフウタが錫メダルの土台となる魔導の陣を均等の魔力で描いていく。
ヒナタとミヒメは離れた場所で、フウタを見守っていた。
声援係といっても、最初の掛け声だけで、フウタの集中力を削ぐわけにもいかず、何もすることがなくなってしまった。
最初のうちは、ミヒメは手に汗を握りながら無言でフウタを見守っていたが、沈黙に耐えられなくなり、隣のヒナタをそっと窺った。
「ヒメちゃん、お外出る?」
真剣な表情でフウタを見つめていたヒナタも、ミヒメの視線に気づき、フウタの邪魔にならない程度の小さな声でミヒメに問いかけた。
「ううん、お外は行かない。ひーたん、あのね……コレ、直してほしいの?」
コソコソと音を立てないように、ミヒメはポシェットからスコップを取り出した。
「一昨日にね、こわれちゃったの。直る?」
取っ手とスコップを繋いでいる付け根の金属がポキッと折れていた。
「これくらいなら、すぐに直るよ。今、直すね」
ヒナタは壊れたスコップを受け取り、魔導鞄から補強する金属類を取り出していった。
「ヒメちゃんの手には少し小さくなったみたいだから、もう少し大きくするね」
鍛冶スキルを使って、スコップ全体に熱伝導を行きたわらせて、鉄などの金属を加えていきながら、スコップを一回り大きく形成していく。折れた部分も太く補強しながら繋ぎ合わせていった。
金属部分にだけ火事魔法を展開して火事を起こす、ヒナタが編み出した独自の鍛冶手技だった。
大きな包丁を作るときには、箱庭型の小さな簡易炉で炭で火を起こして形成していくが、刃物でもない小さな園芸用品は、炉を使わなくても形成できるようになっていた。
スコップ作りも慣れたもので、数分ほどで完成した。
それほど音は立てていないはずと思いながら、心配となり、フウタを見るも、研ぎ澄まされた集中力で作業をしているようで、こちらを気にした様子もなかった。
「はい、できたよ。握ってみて、おかしなところとかないか、確認してみて」
「あ……ぁりがとう、ひーたん」
大きな声を出しそうになり、慌てて口を塞いでヒナタにお礼を言って、ミヒメはそっとスコップを受け取って、握り具合を確かめていった。
「ちょうどいい。ひーたん、ありがとう」
「どういたしまして」
内緒話するかのように、コソコソとミヒメとヒナタは笑い合った。
それからしばらくは二人とも沈黙し、ミヒメはリニューアルしたスコップを優しく撫でては目線より少し高く上げて眺めたりしていた。その様子をヒナタは横目で見ながら、フウタの作業を見守っていた。
「前から訊きたかったんだけど、どうしてヒメちゃんは、ボクの変なスコップばかり、使ってたの? ジンお師匠さんの作ってくれてたスコップの方が断然使いやすいし、見た目も見事なスコップなのに、使おうとしなかったし……どうして?」
ヒナタはフウタから視線を外さずに、フウタに届かない声量に留めながら、ミヒメに問いかけた。
歪なスコップを何度も作らされて、最初はミヒメの嫌がらせかと思っていたヒナタだったが、歪なスコップでも大事に使ってくれたし、嫌がらせではないことにも気づいた。『かじ』が『鍛冶』として自覚できるようになったのもミヒメのおかげだった。
「ん~、ひーたんのスコップね、にぎってるとね、温かいかんじがするの。ジンおじいちゃんのは、ほりやすいけど、なんかちょっとちがうな~って。でも、今は、ひーたんのスコップの方が使いやすいよ。ほんとだよ。それにね……ミミ、ひーたんがミミの事、『ヒメちゃん』と呼んでくれるのが好きなの」
ミヒメがキラキラした紫陽花の瞳でヒナタだけを映していた。
ヒナタもフウタから視線を外して、ミヒメだけを同じ紫陽花の瞳に映した。
「ミミ、じぶんのこと、『ミヒメ』って言えなくて、それで悲しくて……でも、ひーたんが『ヒメちゃん』と呼んでくれるから、『ミヒメ』になれたから、うれしかったの」
ヒナタはただただ絶句していた。
「ミミ、『ヒメちゃん』と呼ばれるのが好き。だって、おひめさま気分もあじわえるんだもん」
「そ、そうなんだ」
そっけない返事しかできなかった。
だって、ヒナタは、ミヒメがそう思うように、『ヒメちゃん』と呼んでいたわけではなかったのだから。
ヒナタがミヒメを『ヒメちゃん』と呼んだのは、『ミ』が3番目を表していて、生まれたばかりのミヒメに嫉妬していたから、3番目の妹だと認めたくなくて、でも、ヒメはお姫様というのは建前で、『3』という数字を『秘』『女』た妹と思い込こもうとしていた時期もあり、『ヒメちゃん』呼びが定着しただけだった。
だから、ミヒメにお礼を言われる資格はヒナタにはなかった。寧ろ、最低な兄だった。
「ヒメちゃん……ミヒメ――ごめんね」
ヒナタは自分が如何に最低な兄だったのか、再認識した。
真正面でミヒメを見ることが出来なくて、ヒナタは膝を抱えて俯いてしまった。
「え? ひーたん、どうしてあやまるの?」
ミヒメは困惑する。ヒナタから答えも得られず、オロオロしてヒナタを窺うも、ヒナタは俯いたままでミヒメに見向きもしない。
次第にミヒメの目が涙で滲んでいき、溢れそうになった時――影が差し込み、ヒナタではない、けれども、ヒナタに少し似ている声が頭上から降ってきた。
「ミヒメが可愛すぎて、愛しすぎる妹だから、ヒナタは嫉妬したんだよ」
「しっと?」
急に視界が陰った驚きと、意味の分からない言葉を理解しようと思考転換したことで、ミヒメの溢れそうになった涙が引っ込んだ。
「そうだろ――ヒナタ」
「……うん、そうかも」
ヒナタはフウタを見上げた後、顔を横に向けて、ミヒメと視線を合わせた。
「ボク、ミヒメがフウタと二人仲良くするから、ミヒメにヤキモチ妬いたんだ」
「やきもち? 焼き、餅? ミミ、餅? 焼くの?」
「そっちの餅じゃないから。そんで、焼かないから、心配すんな」
「ほんとう?」
「ああ、本当だ。オレがあとでゆっくり教えてやるから――ヒナタ」
フウタは腰を落として、ヒナタを顔を見合わせた。
「オレの方は終わったぞ。今までで一番、さいっこうのイイ出来だ。後は任せた――兄貴!」
「えっ、あ、兄貴!?」
「ヒナタはオレの兄貴だろ? 一度、言ってみたかったんだ。つべこべ言わずに、行ってこい!」
フウタはヒナタの腕を掴み、立ち上がらせて、完成させてくれるのを待つ魔導具に向けて背中を押した。
泣きそうだったヒナタの顔は、魔導具に向いた途端、鋭い真剣な顔に変わった。
――大丈夫そうだ。
物凄い集中力で魔導陣を彫っていくヒナタの姿に、フウタはホッと息を吐いた。
ヒナタとフウタは双子の兄弟ではあるけれど、暦の上では、誕生日が一日違いだった。
日付けが変わる前にヒナタが生まれ、日付が変わった後に生まれたのがフウタだった。
双子ではあるけど、双子とも言い切れないようなちょっと不思議な関係だった。
フウタの『フ』は、2番目を表す文字だったから、1番目の意味を持つ『ヒ』を持つヒナタが羨ましかった。
だから、ミヒメが生まれて、兄になって、お兄ちゃんぶりたくて、ミヒメを構うようになった。
でもそれが、ヒナタを嫉妬させていたとは――1番目も案外、苦労するものなのだと、フウタは学習した。
旅していくうちに、ヒナタは頼りになる兄だとフウタは認めていった。
だから一度、『兄貴』と言ってみたかった。それが、ようやく言えた。最高の気分だった――が。
「ねぇ、ふうちゃ。しっとって何? やきもちって何??」
ミヒメの何々攻撃が始まった。
そういえば、ミヒメの何々質問に回答するのは、断然、フウタが多かった。
もしかしたらヒナタは――フウタに任せて、実は、逃げていたのではないだろうか。
「え~っと、嫉妬というのは……」
ヒナタはというと、ミヒメの何々攻撃を受けているフウタには目もくれず、魔導陣だけを真っすぐ見つめて彫刻刀を微細に動かし、彫っていた。
ようやくミヒメの何々攻撃が終わりを告げた頃、くぅちゃん仕様の魔導具が完成した。
「できた~。か・ん・せ・い~」
「おつかれさん」
「やった~」
ヒナタは完成した魔導具を頭上に掲げ、満面の笑みをフウタとミヒメに向けた。
「うおぉぉぉ~~~!!」
工場の扉を開けて、歓声に沸き上がる、ボウの姿もあった。




