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平家都落ち

1170年に宋は銀を後ろ盾とする常設の紙幣の発行にこぎつけた。それまでも紙幣の発行は歴史上何度も試みられたが地域的なお試しに留まり、すぐに取りやめになっていた。それがようやく成功したのだ。

平家物語中の平家栄華時代に大陸で実施された紙幣の発行は、銅銭の使用量の減少によるダブつきを生んだ。需要と供給の供給過多は価値の大幅な下落を生む。ここに目をつけたのか、単にこれまで輸入を続けていた宋銭が安くなって幸運に喜んだだけなのか日本への宋銭の流入が増大する(その他周辺国への流出も増大した。スマトラ島でも発見されている)。日本の中で流通する銭の総量が増大すると一文の価値が下がる。下がる内に銭の価値は富の分割に適正な領域に突入した。価値が高過ぎてちょっとした取引に不便な金、量のかさばりから持ち運びが制限される物々交換に比べても商取引にとても便利な決済方法に銭は達した。便利な決済方法は各取引の速さを促進してゆく。平家の天下の商売は繁栄し、誰も仕組みを知らないし、説明できないが「経世済民」がある程度成ったと感じる者が増えた。それは有徳の王者が治天下を成すからこそ訪れためでたき世ととらえられた。そこに平家の統治の正当性が生まれた。少なくとも清盛はその様な内外の状況が噛み合って景気が良くなった時代に行き合うという運を持っていた武士である、とは言えるだろう。その後の時代でも「元史」に「1277年に(元に)日本の商人がやって来て金で銭を買うことを求めたので(フビライ・ハンは)許可した」という記述がある。江戸幕府の成立で真の意味で中世が終わるまでの「政府貨幣不在時代」には銭を輸入するのが世の商取引を回す適正な方法だった、そしてその時代はとても長かったのだ。

「最初に先駆けをせよ、と言われた時は嫌な役を押し付けられたと思ったが、、、、。」

源行家はそう供に語りながら京に向かって南下している。体のいい露払いだ。山城国に入るあたりで守りを固める軍勢とやり合わなければならない。それをもって敵勢の勢いを測る気なのだろう。気が重い。が、

「これは京への一番駆けが出来るぞ!」

少し前の気の重さはない。街道に軍勢は居ない待ち伏せをしている様子も見られない。

「義仲には後で知らせよう。知らば足を速め先頭を変えられるからな。運に乗じて、花の都へ一番乗りじゃ!」

ここらへんの賢しさが「鼠」なのだろう。


この時代貴族は妻問婚だった。娘は実家の敷地の一角の屋敷に一生住み、親の財産の継承権を持ち夫の訪問を受け入れる。夫が数ある通い先を優先して通わなくなると仲は解消、それでも暮らしには困らないので男女とも軽妙で瀟洒な交わりの中で人生を過ごしていた。武士が都でのしてくるようになっても貴族↔武士の場合はこの妻問婚が続いていた。妻が夫の家に入って財も生涯も共にして暮らす形が婚姻の常だった武士にとっては奇妙な形に思えただろう。

奇妙なもので良かったと維盛は思っている。夫人は藤原成親の娘、貴族だ。自分が15、彼女が13の頃にその様な仲になった。この世に他にいないであろうと思うほどの女性だ。泣いている。傍に10歳の息子、8歳の娘がポカンとしている。何の理解もしていないだろう。

「前にも言ったが、一門ともに西国に落ちてゆくことになった。連れていきたいのはもちろんだが難多く、行く先にも敵がいるだろうからここに留まってくれ。こうなった以上は、噂で私が討たれたと聞いても出家などはしないように。この人、と思う人ができたなら寄り添って過ごして、この2人を育ててやってくれ。必ず助けてくれる人はいるだろうから。」

いつかは言うことになると思っていたが、口に出すと悲しみが溢れてきた。屋敷も財もあるからと自ら慰める。愛し人は返事もせずにただ泣いている。

「出立が迫っているので。」

立ち上がると袖をムンズと掴んだ。

「暮らしには不自由しないなら良いと思っているのですか!父母もすでにおらず、貴方だけと親しんできたのに。他の誰にも睦もうとは思いません。どこまでも連れて行ってください、そう誓ったはずですよ!私一人ならともかく幼い2人の事を想うなら、こんな事を、、、、。」

息子の六代御前達にも事情が飲み込めてきたらしい泣きそうになっている。

「落ち着く先が定まったのなら使いをよこす。よんどころの無い旅途に連れて行くことはどうしても出来ない。分かってくれ。」

振り切るように去り庭に出る、鎧をつけて馬を回ると、息子も娘も

「何処に行くの?一緒に行く、行く。」

と袖や草摺りに泣きながらすがってきた。

何でこんなに悲しいことが起こるのだろう。まさにこの世は浮(憂)き世だ。

「維盛兄ぃ、今上の列はもう先の先に行っておるぞ!」

門から甲冑武者がゾロゾロと入ってきた。今は亡き重盛の息子兄弟、資盛、清経、有盛、忠房、師盛の5人の顔が並ぶ。事情を伝えようと思ったが口を開くと涙が出そうだった。寝殿の縁に近づき弓の端で御簾を上げた。女子供の泣き顔。

「こういう次第でなだめていたので、思いの外。」

何とかそう言うと、庭に集まっていた武者たちの方が涙で顔を濡らした。そこにバタバタ駆けて来て

「どうか、お連れください!」

馬の轡を左右から捉えて2人が名乗り出た。

「五、六。」

維盛にとっては忘れがたい顔だ。斎藤五宗貞、六宗光、斎藤実盛の息子達だ。ああ、富士川か砺波山、どちらか実盛の策を採ったのならば、かく事態には至らなかったものを、不甲斐なさに奥歯を噛む。

「そなた達の父が北陸での戦いに向かう時に同行を乞うも是とせず“思うところがある。”とここへ留めたのは、なるほどこのような時が来ると思ってのことだったのだろう。残る六代と娘を意を曲げて守ってくれ。頼まれてほしい。」

貴公子に言い切られた2人は涙をこぼし何も言えなかった。

「男女の情というものがあるでしょう!こんなに薄いはずはないのに!」

夫人が叫んでいる。女房達や息子娘が御簾も飛び出し泣いている。

西海の波風を聞いてもこの泣き声を思い出すのだろうなそう思って屋敷を出た。都の方方で火の手が上がって人が騒いでいる。

「木曽の山猿如きにこの屋敷を使わせる道理なし!」

六波羅殿、池殿、小松殿、八条、西八条を初め、一門の屋敷20数カ所、部下の宿所多くは都落ちに際して火をかけられた。巻き添えで白河の民家も4、5万件が焼けたということだ。

騒ぎの中を平貞能は500騎を率いて急いでいる。とりあえず淀の河口にゆかなければならない。そこには船着き場がある、ここを敵に抑えられると大集団が進退窮待ってただ時間ばかりを喰うことになる。とにかく地点を抑えておかなければならない。噂だが源氏の軍勢が素早くここを抑えたと言う者もいる。この混乱の中、誰かが配置されているのか?それともすでに取られているのか?確かめる術はない。ならば向かっておいて障りはないだろう。

「維盛都落」

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