第27話 戯曲・ハートの騎士の冒険譚 第一幕
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(パンッと大きな手拍子が響き渡る)
しばらくの間、皆様のお眼お耳を拝借させていただきます。
時は遥か二十数年前。西にある場所にそれはもう大きな王国がございました。
王国には立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花と、一眼見た者を思わず唸らせるほどの美しいお姫様がおりましてね、お姫様は国民の皆の母として尊敬され、愛されていたのです。
しかしこのお姫様。奇妙な骨董やら絵やらを集めるのがなにより好きなお方。珍しい壺を金に糸目を付けずに買ってはそれが贋作だと知ったとしても『この壺の美しさに妾は惚れましたの』と言って一人で納得し周りの者を困惑させる始末。これにはお姫様の旦那様も苦笑いを浮かべるしかありません。
そんなお転婆なお姫様。風の便りである珍しい骨董の噂を聞き付けたのでございます。
かつてこの世界を救った勇者が使っていたという『勇者の剣』なるものが遠い遠い東の辺国で見つかったというもの。
先にも申した通りこのお姫様は骨董を集めるのが三度の飯より好きなお方。勇者の剣を欲しがる至極当然な流れでございましょう。
そこでお姫様は『マシャル・ハート』という若き騎士に『勇者の剣を見つけて私の下へ届けておくれ』と命じたのです。
こうして若き騎士は幼い付き人のテイラーと共に東へ東へと旅立つことになったのでございます。
騎士と付き人の旅路は七転八倒、苦労に苦労を重ねた過酷なもので、それはもう大変な旅路になったそうです。
しかし彼の騎士は挫折することなく、仕える者として今日も青々とした道を一歩一歩進んでいくのでした。
しかしてこの物語はそんな真面目でお堅い騎士と飄々とした付き人が夕暮れの平原を歩いているところから始まるのでごさいます!
(舞台の幕が上がると夕暮れを背景に二人の人間が歩いている)
「マシャル様、もう空が暗くなって来ました。夜の平原は魔物達の時間。今夜の宿を見つけなければ僕達は危険と隣り合わせの夜を過ごすことになります」
「そうだな。しかしこの広い平原を見渡しても村の姿は…………おや? あれを見てみろ」
「あれは…………町です! 町の蝋燭灯の光です!」
なんともこれは得難き幸運!
だだっ広い平原の丘を超えた先には小さいながらも立派な町の光が見えたというので。騎士と従者の足は自然とそこへと伸びて行くのでございました。
「さあテイラー、町の姿が見えて来たぞ。今日はあそこで腰を落ち着ける場所を探すとしよう」
「いやあ、マシャル様。この町にはどのような食べ物があるんですかね、楽しみでお腹が減ってきます!」
「その期待は後に取っておきなさい」
そうして歩きに歩き。見えて来るは『コンコ』という町でございます。
このコンコ。大陸の北に位置する『ロクス』という鉄と鋼で栄えた国の西の端っこにある小さな町でして、国から送られてくる鉄と鋼を剣や盾に加工することを主な生業としています。
聞こえてくる鉄を打ち鳴らす音はこの町の象徴。昼夜問わずそれはもうカンカンカンカンと金槌の音が響いていたそうですわ。
そんな鉄の音がやかましい町の門を騎士と従者は潜り抜けたのでございますが………………
「静か…………ですね」
「ああ、鉄を打ち鳴らす音が全く聞こえてこない。以前聞いた話とは違うな」
「もしかしたら今日はみんな早く仕事を終わったのかもしれませんね。それより暗くなる前に早く宿を見つけましょう。そしてその後に酒場で夕食の時間です!」
「テイラー、騎士は常に落ち着いて動くのだよ。だが、早く宿を見つけるのは賛成だ」
そうして静かな町を歩きに歩き、辿り着くは小さいながらもしっかりとした造りの宿屋。色褪た看板には『石打ちの宿』と霞んだ文字が書かれておりまして、旅の疲労で心身とも疲れた二人にとって足を休める場所を見つけた安心感は言葉では言い表せないモノです。
長旅に疲れた二人は「これはしめた!」と言わんばかりに宿屋の扉を開いたのでこざいます。
「申し訳ない! 旅の者なのだが空いている部屋はあるかね?」
「あ、は〜い! 今行きますね〜!」
(下手側から貧しげながらも美しい女性が現れる)
「石打ちの宿へようこそ。女将のラフィースと言います」
「ラフィースさん。私はマシャル・ハート、こちらは従者のテイラー」
「マシャルさんとテイラーさんですね。一泊銀貨一枚ですがよろしいですか?」
「問題ない。今夜はお世話になる」
「ええ、旅の疲れをゆっくりと癒してくださいね」
「それよりなんかいい匂いがするなぁ、お姉さん、何か作ってたの?」
「ジャガイモを使って今晩のご飯を作っていたの。よろしければお二人も食べていきますか?」
「食べる!」
「テイラー、無闇に声を張らないように」
さてさて、女将のラフィースの好意で夕食を共にすることになった二人。
ロクスというのは鉄と鋼は沢山採れるのでございますが、米や野菜というのはそれはもう不作も不作。『ロクスに植えた種は鉄へと成る』なんていう言葉もあるくらいで。
そんな不毛な土地に唯一実を結ぶのを許された植物がイモということです。国の民衆にとってイモというのは酒と同じぐらい当たり前に食べられている食べ物でございます。
「さあどうぞ、塩茹でジャガイモのソテーと潰しジャガイモ、ジャガイモスープです」
「すごい、ジャガイモ尽くしだ…………」
「いただきます」
(かちゃかちゃと食器の重なる音が響く)
「うん、美味しいね」
「ソテーの食べ応えがいい! でも喉乾くなぁ」
「ふふ、沢山食べてくださいね」
「ええ、そうさせていただこう。ところでラフィースさん。食事中に不躾だが一つ聞きたいことがある。この町は何故こんなにも静かなのかな? 聞いた話によるとコンコという町は小気味良い鉄の音で溢れかえっているはずなのだが」
「え!? それは………………」
「何か理由が? よろしければ私に相談して欲しい。見ての通り私は騎士なのだ。困っている人がいるというのは騎士として見過ごせない」
(騎士マシャルの真摯な態度にラフィースは不安そうにしながら息を吐いた)
「実はここ近年、町の領主が民に圧政を敷いているのです。税を膨れ上げ、鉄を徴収し、挙句には町の男子を予備役として徴兵し厳しい訓練を強いているのです。そのせいで鉄の加工ができなくなり、以前のような活気は失ってしまったのです」
「それは酷い! その領主とやらは魔物の生まれ変わりなのでしょうね!」
「テイラー、人を悪く言ってはいけない。ですが凄惨な状況と言うのも事実。貴方の方はどうでしょう? 鉄製品を扱う商人がなかなか訪れないので宿屋の経営が困窮してそうだが」
「え…………ええ。ですがラフィースの方は問題ありません」
「問題がない? 何か理由でも?」
「そ、それは………………」
「オーホッホッホ! 下女よ、今宵もわたくしが訪れたわよ! 盛大に歓迎なさい!」
(高笑いと共に上手側から華美なドレスを纏った尊大なレディが現れる)
「あっ、レイチェス様…………」
「相変わらずここは豚小屋みたいに薄汚く臭いところですわねぇ。そちらのお二人もそう思いませんか?」
「おいおい、いきなり入ってきてなんだよ! お前みたいなやつなん…………」
「テイラー、やめなさい。私はマシャル・ハート、失礼ですがレディのお名前をお聴きしてもよろしいでしょうか?」
「あら、そちらのおチビちゃんと違って貴方は礼節を弁えているのね。よろしいわ、貴方には特別にわたくしの名前を教えて差し上げます」
(そう言うとレディはドレスの裾を持ち上げると優雅にお辞儀をしながら名乗りを上げた)
「わたくしはレイチェス・コンコ。この町の領主であるヴァイデルハン・コンコの娘でございますわ。以後お見知りおきを」
「コンコ? なーんで領主の娘がラフィースさんの宿に来てるんだよ、暇なのか?」
「貴方はテイラーと言いましたね。わたくしにそのような態度を続けるのなら然るべき措置を与えますわよ?」
「テイラー! 私の従者が失礼しました。後で私からキツく叱っておきますのでどうかここは収めていただければ」
「…………まあいいでしょう。わたくしはお父様から言伝を預かっているだけですのでね。ラフィース!」
「…………はい」
「今晩はお客様がいるということで見逃して差し上げましょう。しかし明日までには返事をしてもらいますわよ。もちろん答えは決まっていますがね」
「返事? それは一体…………」
「旅の殿方には何も関係の無い話でございますわ。それではご機嫌よう」
(レイチェスが上手側へと去っていった。そして気まずい沈黙が包み込んだ)
「ラフィースさん。先程レイチェス嬢が言っていた返事とは?」
「宿を捨ててさる国の貴族の嫁になれと言われているのです。何度も断っているのにああやって自分の娘を使ってしつこく言い寄って来て…………」
「それはひでえ! その領主とかいうやつ血も涙も無いな! ラフィースさんのことも考えないで!」
「…………あ! も、もう夕食は食べ終わりましたよね! 食器の後片付けをしておくのでお二人はごゆっくりしてくださいね!」
(ラフィースは沢山の食器を手に下手側へと向かった。舞台にはマシャルとテイラーの二人が立っている)
「まったく、なんだよあの女! 偉そうにベラベラしやがって! 何が『然るべき措置を与えますわよ』だ!」
「テイラー、お前の気持ちはわかるがレディの前で声を荒げて悪口を言うのは騎士としてあってはならないよ。罰として寝る前までに剣の素振りを五百回やるように」
「げえ! わ、わかりました…………」
(テイラーが去り騎士は一人宿の椅子に座り何か考えごとをする)
「……………………」
さてさて、この鉄の音が消え失せた町で騎士はどのような波乱に巻き込まれるのやら。小さな予感と共に騎士は一人、物思いに耽るのです。
しかしてコンコの町の夜が過ぎていくのでした。




