第五話 お二人とも正気とは思えません
マルグリットは眉を寄せた。
「嫉妬?」
「君は昔から冷静で、僕が誰と話していても気にしなかった。ターニャを優先すれば、少しは僕を求めてくれると思ったんだ」
「五年間も?」
「最初は、本当にターニャを心配していたんだ。嘘じゃない!けれど途中で、余命の話は嘘だったと打ち明けられた。その頃にはもう、君が少しでも僕を引き留めてくれればと思うようになっていて……だから、やめさせなかった」
「では、途中からは嘘だと知りながら、わたくしを試していたのですか」
バルコニーの柱の陰から、ドレス姿のターニャが姿を現した。
「ユリアン様は、マルグリット様が一度でも引き留めてくだされば、すぐにやめるとおっしゃっていましたの」
余命わずかだったはずの令嬢は、夜会用の華やかなドレスを着ている。
顔色もよく、先ほどまで会場で踊っていたのか、頬は健康的に色づいていた。
「ターニャ様」
「わたくしも、少しくらいならと思って協力しただけですわ。だってマルグリット様、ユリアン様がわたくしに付き添っても、少しも嫉妬なさらないから」
「少しくらいが、五年に?」
ターニャは気まずそうに唇を尖らせた。
「途中でやめる機会を逃してしまって」
「医師から余命を宣告されたという話も、すべて嘘だったのですか」
「最初は本当に体調を崩しましたの。でも、ユリアン様がとても心配してくださるから」
「医師に余命半年と言われたと、何度も話していましたわね」
「そう言えば、ユリアン様がもっと優しくしてくださったので……」
あまりに身勝手な答えだった。
ユリアンは困った顔をして、マルグリットへ手を伸ばした。
「でも、もう全部終わった。君が戻ってきてくれれば、僕もターニャとは距離を置く」
マルグリットは大きく後ずさった。
「いりませんわ」
「マルグリット」
「いりません。いりません。いりませんわ!」
今までの我慢も、遠慮も、すべてどうでもよくなった。
「病気のふりを五年も続ける方も、それを確認せず信じる方も、婚約者を嫉妬させるために結婚式まで挙げる方も、全部いりません!」
「僕は君を愛していたから」
「愛している相手を五年間苦しめ、その苦しむ姿を見たかったとおっしゃっているのです!怖いですわ!お二人とも正気とは思えません!」
ユリアンの顔が歪む。
「君が一度でも僕を引き留めていれば、こんなことにはならなかった!」
「わたくしのせいにしないでくださいませ!」
ユリアンがなおも腕を掴もうとした時、二人の間へアーヴァインが入った。
「彼女は断っている。これ以上近づくな」
「で、殿下……」
ユリアンの顔から血の気が引く。
アーヴァインの背後には、数名の護衛が控えていた。
「話は聞かせてもらった。五年にわたって病を偽り、婚約者を試し、挙げ句には彼女の評判を落とす噂まで流したようだな」
「噂は僕たちでは」
「君たちが病弱なターニャ嬢を見捨てた令嬢として語った結果だろう。少なくとも、今夜の発言については私が証人になる」
ユリアンは何も言えず、唇を震わせた。
ターニャも青ざめた顔で俯いている。
「両家には、王家から事実を確認させる。仮病に協力した者がいるなら、それも含めて調べることになるだろう」
「そんな……」
「自分たちが始めたことだ。今度は最後まで責任を持つといい」
アーヴァインはマルグリットへ向き直った。
「戻ろう」
「はい」
「君とのダンスは、まだ一曲しか終わっていない」
差し出された手を、マルグリットは迷わず取った。
そのまま、呆然と立ち尽くす二人を残してバルコニーを後にする。
会場へ戻る直前、マルグリットは小さく息を吐いた。
「申し訳ございません。せっかくの夜会で、このような騒ぎを」
「謝る必要はない。むしろ、君がはっきり言い返してくれて安心した」
「わたくし、怖いとまで言ってしまいましたわ」
「間違ってはいないと思う」
マルグリットは笑った。
アーヴァインも笑い、二人は次の曲が始まるダンスホールへ戻っていった。
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