第六話 最後の一枚をわたくしに譲ってくださいませ
数日後、マルグリットは再び王城のサロンへ招かれた。
最初にアーヴァインと食事をした、庭園に面した部屋だった。
テーブルには、前回と同じようにローストビーフが並べられている。
「今日は何のお詫びですの?」
冗談めかして尋ねると、アーヴァインは首を振った。
「今日は詫びではない」
「では、ローストビーフを食べるため?」
「半分は正解だ」
テーブルの向こうではなく、マルグリットの隣へ立つと、その手には、小さな箱がある。
「残り半分は、求婚だ」
目を見開くマルグリットの前で、箱が開かれる。
中には、深い青色の宝石を嵌めた指輪が収められていた。
「マルグリット。私は君といると、王太子である前に一人の人間でいられる。君は私の顔色を窺わず、嫌なものは嫌だと言い、食べたいものには迷わず手を伸ばす」
「食い意地が張っているように聞こえますわ」
「そこも好ましいと思っている」
アーヴァインは真っ直ぐにマルグリットを見つめた。
「この先、嬉しいことも面倒なこともあるだろう。できるなら、君と一緒に味わいたい。私の婚約者になってくれないだろうか」
指輪と目の前の人の顔を交互に見た。
出会ってから、まだそれほど長い時間が経ったわけではない。
けれど手紙を待つ時間も、食事をしながら笑う時間も、隣を歩く時間も、すでにかけがえのないものになっていた。
「喜んでお受けいたしますわ」
アーヴァインの顔に、安堵したような笑みが広がる。
彼がマルグリットの指へ指輪を通した。
「ありがとう」
「ただし、一つだけ条件がございます」
「何だろう」
「これからは、最後の一枚をわたくしに譲ってくださいませ」
二人の視線がテーブルの上に向く。
大皿には、ちょうど一枚だけローストビーフが残っている。
「それとこれとは話が別だな」
「婚約をお受けした直後ですのに?」
「だからこそ、対等でいたい」
二人は同時にトングへ手を伸ばした。
目が合い、どちらからともなく笑い出した。
それから半年後。
王城の大広間では、王太子アーヴァインと侯爵令嬢マルグリットの婚約披露パーティーが盛大に開かれていた。
二人の希望で、メイン料理には豪勢なローストビーフの塊焼きが用意された。
招待客たちは、王太子夫妻となる二人はよほどローストビーフが好きなのだろうと囁き合ったという。
一方、ユリアンとターニャの企みは、両家の知るところとなった。
ユリアンは公爵家の後継者としての自覚を問われ、領地で一から学び直すよう命じられた。
ターニャも、仮病によって家の信用を損ねた責任を取らされ、しばらく社交界へ出ることを禁じられた。
もっとも、マルグリットにとっては、もはやどうでもいいことだった。
「マルグリット」
アーヴァインが皿を手に戻ってくる。
その上には、綺麗に切り分けられたローストビーフが載っていた。
「最後の一枚だった」
「まあ。今回は譲ってくださるのですか?」
「婚約披露の日くらいは」
「結婚後は?」
「また話し合おう」
「交渉の余地があるのですね」
マルグリットはアーヴァインから皿を受け取り、半分に切った。
片方を自分の皿へ、もう片方を彼の皿へ載せる。
「半分ずつが妥当ですわ」
「私もそう思う」
二人は顔を見合わせて笑った。
五年間も続いた、終わりの見えない我慢の日々。
その先にこんな幸福が待っているとは、教会の最前列で笑顔を張りつけていた頃のマルグリットには、想像もつかなかった。
人生、何が起こるかわからない。
特にビュッフェの最後の一枚には、思いがけない運命が潜んでいるのかもしれない。
最後までお付き合いありがとうございました。
「死ぬ死ぬ詐欺」からのざまぁなお話でした。
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