第四話 誤解を解きたいんだ
二人は午後いっぱい、食事をしながら話し込んだ。
王太子だからと過剰に持ち上げる必要もなく、かといって無理に気の利いた話を探す必要もない。
マルグリットが食べ物の話をすれば、アーヴァインは楽しそうに聞いた。
アーヴァインが政務で訪れた地方の話をすれば、マルグリットはもっと詳しく知りたいと思った。
帰り際、アーヴァインは庭園に咲く白い花を一輪だけ摘み、マルグリットへ差し出した。
「今日は楽しかった。また食事に付き合ってもらえるだろうか」
「もちろんですわ」
即答した後で、マルグリットは少しだけ頬が熱くなるのを感じた。
それから二人は、何度か手紙を交わした。
アーヴァインから届く手紙には、堅苦しい挨拶よりも、その日に食べた料理や王城で起きた小さな出来事が綴られていた。
マルグリットも、侯爵領で採れた果実や、街で見つけた菓子店について返した。
街で偶然を装って出会い、茶を飲んだこともある。
王城の庭園を歩きながら、互いの幼い頃の話をしたこともある。
アーヴァインからの手紙が届く時刻になると、マルグリットは自然と玄関の方を気にするようになった。
美味しい菓子を見つければ、次に会った時には彼にも食べてもらいたいと思った。
銀色の髪を見かけると、無意識に目で追ってしまう。
自分の中に生まれた気持ちが何なのか、もうわからないふりはできなかった。
婚約解消から二ヶ月ほど経った頃、再び王城で夜会が開かれた。
マルグリットが両親と会場へ入ると、少し離れた場所にいたアーヴァインがすぐにこちらへ向かってきた。
周囲の令嬢たちが息を呑む。
王太子はマルグリットの前で足を止め、恭しく手を差し出した。
「マルグリット嬢。今宵の最初の一曲を、私にいただけないだろうか」
会場中の声が消えた。
続いて、大きなどよめきが起こる。
王太子が夜会の最初のダンスを申し込むことには、大きな意味がある。
まして相手は、婚約を解消したばかりの侯爵令嬢だ。
「喜んで」
マルグリットは差し出された手を取った。
驚きはした。
それでも、以前のように疑問符で頭が埋まることはなかった。
彼が自分を特別に扱ってくれていることは、とうに気づいていた。
そして、それを嬉しいと思う自分もいる。
音楽が始まると、アーヴァインの手が腰へ添えられ、二人はゆっくりと踊り出した。
「驚かせてしまったか」
「少しだけ」
「少し?」
「手紙をいただくたびに、いずれこういう日が来たらいいな……と、思っておりましたから」
アーヴァインは目を細めた。
「では、嫌ではなかった?」
「嫌でしたら、お手紙を何度も読み返したりいたしませんわ」
そこまで言ってから、ずいぶん素直に話してしまったことに気づく。
マルグリットが視線を逸らすと、アーヴァインの笑みが深くなった。
「それを聞けただけで、今夜は満足だ」
「わたくしの心臓は、まだ随分忙しく動いておりますけれど」
「私も同じだ」
冗談ではないとわかる表情で言われ、マルグリットの頬が熱くなった。
曲が終わるまで、二人の視線が離れることはなかった。
ダンスを終え、火照った頬を冷まそうとバルコニーへ出たマルグリットの前に、思いがけない人物が現れた。
「マルグリット」
「……ユリアン様」
かつての婚約者は、以前より少しやつれた顔で立っていた。
「話がしたい」
「わたくしにはございません」
「待ってくれ。誤解を解きたいんだ」
ユリアンは逃げ道を塞ぐように、一歩近づいた。
「ターニャとのことは、もう終わった。あれは僕の気の迷いだったんだ。僕が本当に愛しているのは君だけだ」
マルグリットは目の前の男を見つめた。
二ヶ月前まで、この人と結婚するのだと思っていた。
今では、どうして五年も我慢できたのか、自分でも不思議だった。
「ターニャ様はご存命なのでしょう?」
「ああ」
「では、あのまま結婚なさればよろしいのでは?」
「違うんだ。僕が結婚したかったのは君だ」
「わたくしとの結婚を望む方が、なぜ別の女性と式を挙げるのです」
「だから、あれは君に少し嫉妬してもらいたくて」
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