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私から全てを奪ったこと、必ず後悔させる  作者: 逆立ちハムスター


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神殿の謁見の間の入り口には、今や二つの「生きた彫像」が飾られている。


かつてアールヴ王国で最も高貴と謳われた第一王子ジュリアンと、神の愛を一身に受けたと自惚れていた偽りの聖女リリア。

彼らは今、太い漆黒の茨にその四肢を貫かれ、神殿の柱に釘付けにされていた。


「あ……、あ、……う、うう……」


ジュリアンの口から漏れるのは、もはや言葉の体をなさない獣の呻きだ。彼の肉体は、私が一括返却した「十数年分の劇痛と呪詛」によって、絶え間なく内側から破壊され続けている。皮膚は炭のように焼けただれ、内臓はドロドロに溶け落ち、骨はきしむ音を立てて砕ける。

だが、彼が死に瀕するたびに、奈落の瘴気がその肉体を強制的に「再生」させてしまうのだ。


腐敗し、溶け、崩壊し、そして再び生々しい肉が蠢きながら繋がっていく。

その終わりなき輪廻がもたらす絶望は、彼らの魂を永劫に削り続けていた。


「リリア……。あなたの自慢だったお顔、少し崩れていましてよ? 治して差し上げましょうか?」


私が玉座から彼らを見下ろしながら声をかけると、隣の柱に縛り付けられたリリアが、唯一原形を留めている左目を恐怖に大きく見開いた。彼女の顔の右半分は、ジュリアンのために「隠蔽」していた腐食の呪いが完全に定着し、どす黒い骨が露出している。


「いや……、いやぁ……! こ、殺して、お願いだから殺してエレナ……っ! 私は、私はただ、ジュリアン様に命令されて、あなたの代わりを演じただけよ……! 私は悪くないわ……っ!」


「ええ、知っています。でもごめんなさいね。ここへ落とされた時、私の心は既に消えてしまったの。そして、あなたはただの、欲望に忠実で、浅はかで、哀れな泥棒猫に過ぎない。だからこそ、私はあなたを殺さないのです。その醜悪な姿のまま、かつて私が味わった『身代わりの孤独』を、この暗闇の中でじっくりと噛み締めなさい」


私が指先を軽く鳴らすと、二人の四肢を貫く茨がさらに深く肉を抉り、新たな激痛の波が彼らを襲った。神殿に再び、鼓膜を震わせる凄惨な悲鳴が響き渡る。

彼らが流す血と膿、そして脳髄を焼き尽くさんばかりの「絶望」の感情。それらはすべて奈落の土壌へと吸い込まれ、私を支える漆黒の魔力へと変換されていく。


「女王陛下、地上への『道』が完全に開通いたしました」


階段の下で跪くヴァルターが、冷徹な声音で報告を上げる。

彼の背後には、数千の死霊騎士と、瘴気によって異形へと進化した奈落の魔獣たちが、息を潜めて私の命令を待っていた。彼らの放つ殺気と怨嗟は、すでにこの奈落の天井を突き破り、地上へと漏れ出している。


「そう。……では、最初に向かう場所は決まっているわね、ヴァルター」


「はっ。我々を蔑み、殺し、その力を貪り、最後にはトカゲの尻尾切りとして奈落へ差し出した大罪の者達。――まずは、あなた様の、アークライト公爵領でございますな」


「ええ」

私は立ち上がり、白銀の髪をなびかせながら微笑んだ。

「実の娘を『便利な道具』としてしか見ず、包帯だらけになった私を『家の恥晒し』と罵って廃嫡した我が父、アークライト公爵。……彼にも、私が手に入れたこの『新しい栄華』を、一番近くで見せてあげなければ親不孝というものでしょう?」


私の中で、かつて家族を愛そうとした健気な少女の心は、すでに一欠片も残っていない。

残されているのは、彼らが私に刻み込んだ拒絶と冷遇に対する、氷のように冷たい等価交換の意志だけだった。


────


地上、アークライト公爵領。

かつては王国内でも屈指の豊穣を誇り、美しい薔薇の庭園と堅牢な城塞で知られたその土地は、今や見る影もない「死の荒野」と化していた。


「なぜだ……! なぜ我が領内の結界までが消滅しているのだ! 魔術師ども、早く防壁を張り直せ!」


公爵邸の豪華な広間で、アークライト公爵――私の実の父親である男が、狂ったように机を叩いていた。彼のトレードマークだった手入れの行き届いた髭は乱れ、高級な絹の衣服は冷や汗でぐっしょりと濡れている。


彼の目の前には、怯えきった数人の家臣と、全身に包帯を巻いた魔術師たちが平伏していた。


「公、公爵様……! 無理です、土地の底に流れる霊脈そのものが、黒い怨念によって汚染されております! 結界を張ろうにも、魔力を込めた瞬間に術者が呪いを受けて血を吐いて倒れる始末で……!」


「バカな! 我がアークライト家は、代々『聖女』を輩出した神聖なる血筋だぞ! なぜこのような呪いが、我が家を狙ったかのように押し寄せる!」


公爵は信じられないというように頭を抱えた。

彼らはまだ分かっていないのだ。アークライト公爵家がこれほどの栄華を誇れたのは、彼らの血筋が優れていたからではない。彼らが神殿や王室に差し出した「エレナ」というゴミが、領内の、そして国中のすべての不浄をその身に引き受け、土地を無理やり清浄に保っていたからだということに。


さらに、公爵に追い打ちをかけるような悲報がもたらされる。


「報、報告失礼します! 王宮より緊急の伝令が……! 奈落の底へ向かった第一王子ジュリアン殿下の遠征隊が、全滅いたしました!」


「……はあん。邪魔者は上手く消えたわけか。だが……」


公爵の顔から、完全に血の気が引いていた。

遠征隊には、連絡用に、アークライト公爵家からも多くの私兵や精鋭魔術師を供出させていた。それが全滅。しかも、ジュリアン殿下やリリアの消息すら不明だという。


「リリアが!? 真の聖女という駒がいなければ、この国の呪いは誰が止めるのよ!」


広間の奥から、華美なドレスを着た若い少女が泣き叫びながら入ってきた。エレナの異母妹、ステラだ。彼女はかつて、包帯だらけの私を見て「お姉様、そんな気味の悪い姿で私の前に来ないで。せっかくのドレスが汚れるわ」と笑い、私の婚約者だったジュリアンにも色目を使い続けていた少女だった。


「静かにしろ、ステラ! ……クソッ、こうなれば国王陛下に謁見し、我が公爵家の私産を投じてでも他国から高位の治癒術師を呼び寄せるしか――」


公爵がそこまで言いかけた、その時だった。


ゴォォォォォォン……。


大地を揺るがすような、不気味で重厚な「鐘の音」が、公爵邸の全体に響き渡った。

いや、それは鐘の音ではない。あまりにも巨大な「魔力の衝撃波」が、公爵邸を取り囲む頑丈な外壁を、一瞬にして粉砕した音だった。


「な、何事だ!?」


公爵が窓際に駆け寄り、外の景色を見た瞬間、彼はその場で硬直した。


地面が割れていた。

そして、粉砕された正門から敷地内へと、整然と進軍してくる「影の軍勢」が見えた。

先頭を行くのは、人間を遥かに凌駕する巨体を持ち、漆黒の鎧を纏った死霊の騎士たち。彼らが一歩進むたびに、庭園に咲き誇っていた美しい薔薇が、瞬く間に黒く腐り、砂となって崩れ落ちていく。


「なぜ、これほどの規模のアンデッドが、我が領内に……!」


家臣たちが恐怖のあまり武器を落とし、腰を抜かす。

だが、彼らの絶望は、軍勢の中央から現れた「主」の姿を見た時に、頂点へと達した。


────


公爵邸の正面玄関の重厚な扉が、内側から激しく吹き飛んだ。

爆風と共に広間に流れ込んできたのは、極寒の冥府の風と、鼻を突くような圧倒的な瘴気のプレッシャーだった。


「ひっ、うあ、あああ……!」

ステラが悲鳴を上げて公爵の背後に隠れる。公爵もまた、腰のレイピアに手をかけながらも、全身の震えを止めることができない。


煙が晴れたその場所に、ゆっくりと歩みを進めてくる一人の女性がいた。


白銀の髪を夜風に揺らし、血のように紅いルビーの瞳を持った、絶世の美女。彼女が纏う漆黒のドレスは、周囲の瘴気を吸い込んで生き物のように蠢いている。その姿は、神聖にして禍々しい、まさに世界の終焉を体現したかのような存在だった。


「お久しぶりですね、お父様。それに、可愛いステラも」


鈴の音のように澄んだ、しかし一切の温度を持たない声が広間に響く。


公爵は、その顔を見て、その声を聞いて、我が目を疑った。

記憶の中にある娘の姿とは、あまりにもかけ離れている。だが、その顔立ちの面影、そして何よりも彼自身の血脈が、目の前の化け物が「誰か」を告げていた。


「え、エレナ……? お前、エレナなのか……!?」


「ええ、そうですよ。アークライト公爵家から『醜い偽物』として廃嫡され、口封じのために奈落の底へ捨てられた、あなたの長女、エレナです」


私は、優雅にスカートの裾を持ち上げ、完璧な淑女のカーテシーをして見せた。その一挙手一投足から放たれる圧倒的な魔圧に、公爵は息を詰まらせ、一歩、また一歩と後退りした。


「ば、バカな……! お前は奈落に落とされたはずだ! 生きて戻れるはずがない! その姿は……その身体の傷はどうしたんだ! 悪魔に魂を売り渡したのか!?」


公爵が震える声で叫ぶ。

私はそんな彼を、冷ややかな、虫ケラでも見るような目で見つめ返した。


「悪魔ですか。あなたたちは本当に、その言葉が好きですね。……私が服の下に包帯を巻いていた時、あなたは何と言いました? 『アークライト家の人間が、そんな薄汚い姿で人前に出るな。薬でも化粧でも使って、完璧な聖女のフリを続けろ』。そう言って、私を部屋に閉じ込め、労りの言葉一つかけなかった。……覚えていますか?」


「そ、それは……お前が聖女としての役目を果たすために……」


「役目? 違います。あなたたちにとって、私は『公爵家の権勢を維持するための、便利な道具』に過ぎなかった。私がジュリアン殿下の呪いを代わりに引き受け、身体が動かなくなると、あなたは真っ先に私を見捨てたわ。リリアという新しい道具が見つかるや否や、私を裏切り者として王家に差し出したのは、他ならぬあなただ、お父様」


私の言葉が鋭い刃となって公爵に突き刺さる。彼は言い返す言葉を失い、ただガタガタと顎を鳴らした。


「お、お姉様……? 嘘でしょう、そんな、そんな怖い姿になって……。私、私は悪くないわ! お姉様が勝手にボロボロになったから……ひっ!」


ステラが必死に命乞いをするように声を上げるが、私の背後に控えていたヴァルターが、大剣の柄を床にドシンと叩きつけると、彼女は恐怖のあまりその場に卒倒した。


「さて、積る話もありますが、私はとても忙しいのです。これから王都へ向かい、この国を文字通りの『地獄』へと変えなければなりませんから。その前に、我が実家であるあなたたちに、少しばかりの『恩返し』をしようと思いまして」


私が右手をそっと差し出すと、指先から黒い霧が立ち上り、アークライト公爵の身体を包み込んだ。


「な、何をする……! やめろ、私はお前の父親だぞ! 親不孝者が――ぐ、あ、がはっ!?」


公爵の叫びが、凄惨な悲鳴へと変わる。

彼の衣服の下から、ピキピキと皮膚が裂ける音が響いた。


「今、あなたに返却したのは、かつて私がアークライト公爵領の『土地の浄化』のために引き受け続けてきた、数百年分の怨念と病の、ほんの数割です。実の父親ですからね、特別に少しだけ手加減をして差し上げました」


「あ、が……っ、痛い、痛い痛い!! 皮膚が、肌が腐る……っ! 助けてくれ、エレナ! 悪かった、私が悪かった! お前を再び我が家の誇りある長女として迎える! 跡継ぎにしてもいい! だから、その力を収めてくれ!」


公爵は床に転がり、自身の顔や腕を掻き毟りながら叫んだ。彼の自慢だった高貴な肌は、瞬く間に黒い斑点で覆われ、そこから血が吹き出していく。

かつて彼が私に強いた「包帯だらけの醜い姿」に、今度は彼自身がなっていくのだ。


「跡継ぎ、ですか? ……いりませんよ、そんなゴミのような地位。アークライト公爵家は、今日この瞬間をもって、歴史から完全に消滅するのですから」


私は冷酷に言い放ち、背を向けた。


「ヴァルター。この屋敷にあるすべての『富』と『命』を、奈落の糧としなさい。一人も生かして帰してはなりません。……ただし、お父様とステラは、まだ殺さないように。彼らの絶望が、最も良い魔力の苗床になります。彼らもまた、ジュリアンたちの隣へ並べてあげなさい」


「御意に、女王陛下」


ヴァルターの冷徹な声と共に、死霊騎士たちが一斉に動き出した。

広間に響き渡る、元家族たちと家臣たちの絶望に満ちた悲鳴を背中で受け止めながら、私は公爵邸の外へと歩み出た。


空は依然として黒く、私の進軍を祝福するように紫の雷鳴が轟いている。

次に向かうのは、王都。私からすべてを奪い、奈落へと突き落としたアールヴ王国の心臓部だ。

待っていなさい、愚かな王族たち。あなたたちの築いた偽りの楽園を、私が極上の地獄に変えてあげるわ。

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