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17/22

視聴者4:宮本玲奈

 ――はぁ……。


 終わった瞬間、心臓がちょっとだけ痛かった。

 リモコンをテーブルに置いて、ソファの背に体を預けたまま、しばらく天井を見上げていた。

 NHK『プロフェッショナリズム ― 仕事の流儀:一ノ瀬直也という現象』。

 企画書タイトルの時点で嫌な予感はしてたけど、現実はその斜め上だった。


 保奈美ちゃんの存在感。

 あれはもう、“映ってしまった” ってレベルじゃない。

 夜の食卓の灯り、あの一瞬の抱擁。

 演出とか構成とか、そんな問題じゃない。

 あれはもう――完全に「帰る場所」。

 愛妻の待つ家に帰ってきた新婚の旦那さんそのものだった。

 見ていて、無意識に息を詰めてた。


 嫉妬というより、なんだろう……。


 でも、分かっているよ。

 保奈美ちゃんは敵じゃない。

 むしろ、彼を人間に戻してくれる存在だ。

 だからいい。

 あの子は “味方” だ。

 可愛いし、素直で、ちゃんと彼のことを想ってる。

 あの灯りの中の笑顔を見て、私は心の中でそっと「ありがとう」って言っていた。


 ……でもさ、近すぎる。

 やっぱり、あれは近すぎるよ。

 義妹で女子校生なんだよ。

 ダメだよ、あれは。

 なんであんなの映しちゃうのかな。

 もう放送事故だよ、あんな姿を見せるなんてさ……。


 でもね、問題はそこじゃない。

 問題は――住田梨花。

 あの子、完全に油断ならない。

 会長の孫娘って立場を分かってて、あの柔らかい笑顔。

 「素敵な方です」って、あんな穏やかな声で言う?

 しかも全国放送で。

 政治の匂いと恋の匂いが同時にする発言なんて、普通できない。

 彼女が何を考えているかは分かる。

 “距離” を取るふりをして、着実に踏み込んでる。


 ――そして、滝沢ミラ。

 もう笑うしかない。

 なんで出てくるの、あの女。

 彼の “尊敬する人” 呼び。

 あれ、完璧に恋してる目じゃない。

 カメラの前で堂々と恋愛モードに入ってるって、どういう神経?

 しかも広報から、あんなイベント出席の話なんて聞いてない。

 あれ、いつのスケジュール?

 本気で、明日の朝、広報ぶん殴ってやろうかと思った。


 番組は綺麗にまとまってた。

 理想とか夢とか、地熱とかAIとか。

 どれも聞き慣れた言葉。

 でも、編集が上手すぎる。

 そして最後に彼にあんなフレーズを言わせてしまった。


――自分以外の “守るべき誰かの笑顔” が必要になる――。


 こんな “繋ぎ” で見せられたら、全国の視聴者が一ノ瀬直也に恋しても仕方ない。

 彼を誰よりも分かっている筈の私でも涙が出てきてしまったもの。

 彼は本気で世界を変える人間だ。

 でも同時に、本気で“人の心”を動かす人間でもある。

 その両方を同時に成立させるなんて、反則だよ。


 私はリモコンを握ったまま、息を吐いた。

 胸の奥がチリチリしてる。

 怒ってるのか、焦ってるのか、自分でも分からない。

 たぶんその両方で、でも少しだけまだ泣いている。

 理性で分析できる部分と、感情が反応する部分が、同時に熱を持っている。


 ――でも。

 彼はあのペースで動き続ける。

 誰が止めようとしても止まらない。

 だから彼がいつも私たちを守ってくれているように、私たちも彼を守らなきゃ。

 保奈美ちゃんが “原点” なら、

 亜紀さんが概ね “盾” という事になる。

 私は――“鎧” そのものになればいい。


 画面が暗転して、部屋が静かになった。

 自分の顔が黒い画面に映る。

 笑っていた。

 悔しくて、誇らしくて、少し泣きそうで、笑っていた。

 とりあえず、一つだけ、絶対に許せない事がある。


 「……広報、明日、覚悟しときなさいよ。」


 声に出して言った瞬間、少しだけ肩の力が抜けた。

 リモコンをテーブルに置いて、ワインを一口。

 その苦味が、少しだけ心地よかった。


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