表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
65/87

第六十五話 南風の予兆

ぎょうの街は、

峻が仕掛けた市場介入によって、

かつてない平穏を取り戻していた。


物価は安定し、旧袁紹軍の捕虜たちは、

今や曹操軍のインフラを支える熟練の労働力として、

帳簿上の「純資産」へと書き換えられている。


「……峻殿、北方全域の兵糧備蓄、

および輸送路の整備が完了しました」


韓恢かんかいが、

達成感に満ちた表情で報告する。


峻は、完成したばかりの「北中原物流網図」を広げ、

満足げに頷いた。

「……ご苦労様でした。

これで、我軍はどこへ進むにしても、

飢えに怯えることなく十万の兵を動かせる。


……ようやく、事務屋としての、

『最低限の仕事』が終わりました」


だが、峻の視線は地図の端、

さらに南へと向けられていた。


そこには、

峻がこれまで扱ってきた「大地」とは異なる、

不確定な数字の塊

――「水(長江)」が横たわっている。


----


その夜、曹操に呼び出された峻は、

郭嘉と共に広大な庭園に立っていた。


南から吹く風は、

冬の終わりを告げるように生温かい。


「……峻よ。

お前が整えたこの豊かな北の地を、

私は愛している」


曹操は遠くを見つめながら、静かに語り出した。


「だが、この豊かさを、

天下全ての民に届けるには、

まだ足りぬものがある」


「……長江ですね」


峻が短く答えると、曹操はニヤリと笑った。


「そうだ。南の孫権、そして逃げ延びた劉備。

……奴らは水の壁に守られ、

我らの帳簿の外で息を潜めている。

……峻、お前の算盤で、

あの広大な水面を支配することは可能か?」


峻は、風に乗って運ばれてくる、

湿り気を肌で感じた。


船の建造費、

水夫の育成コスト、

そして何よりも「疫病」という、

予測の極めて困難なマイナスの変数。


「……正直に申し上げれば、水上の戦いは、

陸のそれよりもはるかに『歩留まり』が悪い。

……ですが」


峻は眼鏡を外し、丁寧に拭き上げた。


「……川の流れも、風の向きも、

突き詰めれば『法則』という名の数字です。

……私が計算できないものは、

この世に存在しません」


「……ははは! 頼もしいな」


郭嘉が、少し顔色の悪い肌を、

月光に晒しながら笑う。


「……だが峻、

南の風は気まぐれだぞ。

お前の算盤の珠を、狂わせるほどにな」


「狂えば、その都度弾き直すまでです」


峻の言葉に、曹操は力強く頷いた。


「……よし。全軍に布告せよ。

……これより、南下を開始する」


事務屋の戦場は、乾いた大地から、

湿った大河へと移る。

それは、峻の人生において最も巨大な、

「赤字リスク」を孕んだ、赤壁への第一歩だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ