表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

54/57

第五十四話 包囲する帳簿

軍の再編が終わると同時に、

峻は新たな「指令」を発した。


それは、剣を振るうことでも、

敵陣へ突撃することでもない。


周辺の村落と豪族に対し、

特定物資の買い占めを命じる――


奇妙な布告だった。


----


「……峻殿、本気ですか」


監査班の官吏が、震える手で予算書を差し出す。


「これほどの高値で『塩』と『油』を買い取れば、

せっかく蓄えた資金が底をつきます」


「構いません」


峻は即答した。


「今は『数』より、『占有』が優先です」


そう言って、地図上の太行山脈を指でなぞる。


「盧景は袁紹軍の残党と共に山中へ潜んでいる。

だが、山で自給できないものがある」


峻は淡々と告げた。


「塩。

そして、夜を越すための灯火の油です」


静かな声だった。


だが、その内容は冷酷だった。


「この周辺一帯から、それらを消し去る。

そうすれば、彼らの帳簿は数日で破綻します」


峻が築いたのは、城壁でも包囲陣でもない。


――物流の空白。


それによる、緩やかな絞殺だった。


----


三日後。


太行山脈の奥深く。

険しい岩壁に囲まれた隠れ里。


かつて優雅に商談をまとめていた盧景は、

煤けた衣を纏い、焦燥に満ちた顔で立っていた。


「……どういうことだ。

なぜ運び込まれない!」


怒号が、冷えた洞窟に反響する。


「そ、それが……!」


部下の声も震えていた。


「周辺の豪族たちが、

曹操軍の事務官に法外な値で買われたと……。

こちらへ回す余裕がないと申しております……!」


盧景は、乏しい蓄えへ視線を落とした。


干し肉はある。


だが、塩がない。


武器はある。


だが、夜を照らす油がない。


沈黙の中、盧景は歯を軋ませた。


「……あの男か」


脳裏に浮かぶのは、

眼鏡を掛け直す峻の姿。


冷徹な、あの目。


峻は、盧景が最も得意とする「取引」の土俵で、

圧倒的な資本を叩きつけてきた。


曹仁から没収した莫大な財。


それを元手に、市場そのものを奪い去ったのだ。


山を下りれば曹操軍。


山に残れば、欠乏が待つ。


逃げ場はない。


「……舐めるなよ、小役人が」


盧景は懐から、一通の書状を取り出した。


それは、袁紹軍残党すら超えた、

さらに北方の巨大勢力へ繋がる“禁断の線”だった。


----


その頃、曹操軍本陣。


峻は郭嘉と共に、静かに揺れる灯火を見つめていた。


「……食いついたな、峻」


郭嘉が密書を軽く振る。


「盧景の奴、ついに“北”へ助けを求めたぞ」


「予想通りです」


峻は、新たな帳簿へ筆を走らせる。


「市場を奪われれば、彼は必ず外部資本へ頼る。

そういう人間です」


帳簿には、すでにその動きまで記されていた。


「郭嘉殿。

これで、盧景の背後にいる

『真の管理者』が姿を現します」


「ああ。だが相手は、袁紹の遺児か……あるいは――」


「誰であれ、関係ありません」


峻は算盤の珠を、一気に弾いた。


乾いた音が夜気を裂く。


「私の帳簿から逃げられる不純物は、

この世に存在しません」


夜風が、羽織を激しく揺らした。


事務屋の知略は、今や一軍の進退を超え、

北方の勢力図そのものを書き換えようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ