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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第五十三話 再編の祝杯

太行山脈の戦場から立ち上る煙は、

もはや敗北の灰ではなく、

勝利を祝う焚き火の煙へと変わっていた。


峻は本営の中央に、

急造の「監査本部」を設置した。


並べられた十数台の机の上には、

戦場で回収された敵軍の輜重しちょう

豪族から没収した金塊、

そして裏切り者たちの名簿が整然と分類されている。


「……峻殿、驚きました。敵の兵糧庫にあった米は、

湿気て使い物にならないと思っていましたが」


監査班の一人が、

峻が提出した

「乾燥と再配分の指示書」

を見て声を上げた。


「ただの湿気です。

火を焚いて水分を飛ばし、

古い米と混ぜて炊き上げれば、

兵の腹を満たすには十分です。

……それよりも、これを見てください」


峻が指し示したのは、

没収した金塊の出どころを記した

一枚の相関図だった。


「……曹仁そうじん将軍が

私蔵していたこれらの財は、

すべて『正規の軍事予算』

として再登録しました。


これにより、

我が軍の次期遠征における戦費の欠落は、

完全に解消されます。

……いえ、それどころか」


峻は筆を走らせ、最新の総計を書き加えた。


「――当初の予算より、

一割五分、上回りました」


その宣言は、瞬く間に陣中に広まった。


昨夜まで、自分たちは補給を絶たれ、

飢え死にするのではないかと

怯えていた兵たちにとって、

それは信じがたい奇跡だった。


「おい、聞いたか。

峻様がどっかから金をひねり出したらしいぞ」


「今日の飯には肉が付くそうだ。

……それも、いつもの倍だ!」


陣地のあちこちで、

歓声が上がる。


峻は、

その騒ぎを冷めた目で眺めていた。


彼にとって、

これは魔法でも奇跡でもない。


ただ、隠されていた数字を、

正しい場所に書き戻しただけの、

当然の帰結だった。


----


夕刻。


郭嘉が酒瓶を二つ抱えて峻の元へやってきた。


「……峻。お前のせいで、

兵たちの士気が異常なことになっているぞ。

皆、『事務屋様のためなら死ねる』

とまで言い出している」


「死なれては困ります。

……彼ら一人を育てるのにかかる

『教育コスト』と、

戦死した際の『遺族扶助』の計算書を見れば、

郭嘉殿もそんな冗談は言えなくなりますよ」


峻は、郭嘉から差し出された酒杯を、

一度だけ断らずに受け取った。


「……ですが、郭嘉殿。

これで準備は整いました。

補給路の洗浄、兵の活力、

そして敵を欺くための『偽の数字』。

……すべてが、

次の標的に向かって収束しています」


郭嘉は、酒を飲み干すと、

暗くなった太行山脈の奥を見つめた。


「……盧景ろけいか」


「はい。彼が盗み出した数字を、

利子を付けて返してもらわねばなりません」


峻の目は、焚き火の光を反射して、

硬質な輝きを放っていた。


再編の祝杯。


それは、さらなる巨大な奪還作戦へと続く、

静かなる宣戦布告でもあった。

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