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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第三十三話 最初の裁き

朝は、いつもと同じだった。


だが――


空気が違う。


ざわめき。


視線。


ひそひそとした声。


峻は歩いていた。


補給部の廊下。


(……広いな)


昨日までは、ただの通路だった。


今は違う。


(全部、見える)


人の動き。


視線の流れ。


避ける者。


観察する者。


(情報が増えたわけじゃない)


変わったのは――


(立場だ)


「来たか」


低い声。


奥の部屋。


韓恢がいた。


机の上には帳簿。


いつも通り。


だが。


その意味は、もう違う。


「座れ」


峻は無言で座る。


一拍。


沈黙。


韓恢が口を開く。


「決めた」


短い言葉。


だが重い。


「お前に任せる」


机の上の帳簿を、指で叩く。


「補給の確認と――人の選別だ」


来た。


予想通り。


だが。


(思っていたより早い)


峻は静かに問う。


「範囲は」


韓恢は笑う。


「全部だ」


即答。


「補給に関わる者は、例外なく」


権限。


明確。


重い。


「失敗は?」


峻が聞く。


韓恢は肩をすくめた。


「ない」


一拍。


「失敗した時点で、お前が消える」


簡潔。


だが十分。


峻は頷いた。


「分かりました」


その返答を待っていたかのように。


韓恢が帳簿を一冊、滑らせる。


「最初の仕事だ」


表紙には、名前。


――張温ちょうおん


「小役人だ」


韓恢が言う。


「倉庫管理の一人」


峻はページをめくる。


数字。


整っている。


綺麗すぎるほどに。


(……いるな)


一瞬で分かる。


「どう思う」


韓恢が聞く。


試す声。


峻は答える。


「整いすぎている」


「理由は」


「誤差がない」


峻は指で数字をなぞる。


「この規模で、これはありえない」


現場を知らない者の帳簿。


机上の数字。


「つまり」


韓恢。


峻は言う。


「隠している」


一拍。


韓恢が笑う。


「いい」


短く。


「連れて来い」


倉庫。


昼。


兵が動く。


荷が運ばれる。


だが。


一角だけ、空気が違う。


「張温」


呼ばれた男が振り向く。


痩せた男。


目が泳ぐ。


「何でしょう」


峻は帳簿を開いたまま言う。


「確認だ」


それだけ。


だが。


周囲の視線が集まる。


(もう、隠せない)


峻は数字を指す。


「昨日の搬出量」


張温が答える。


「帳簿の通りです」


即答。


準備している。


「そうか」


峻は頷く。


そして。


「では」


ページをめくる。


「三日前の欠損は」


止まる。


一瞬。


「……欠損?」


知らないふり。


だが。


遅い。


峻は静かに言う。


「ある」


指で示す。


「ここだ」


沈黙。


周囲の空気が変わる。


張温の喉が動く。


「記載ミスかと」


苦しい。


峻は首を振る。


「違う」


一歩、近づく。


「その日の搬入は増えている」


矛盾。


逃げ場はない。


「帳尻が合わない」


張温が黙る。


汗。


落ちる。


峻はさらに言う。


「もう一つ」


追い打ち。


「お前の担当区画だけ、損耗がゼロだ」


ざわめき。


兵たちが顔を見合わせる。


「そんなことは――」


「ありえない」


峻が遮る。


断言。


「人が触れる以上、必ず誤差は出る」


沈黙。


完全に。


張温の肩が落ちる。


(終わりだな)


峻は理解する。


だが。


ここからが本番。


「どうする」


声。


後ろ。


韓恢が来ていた。


いつの間にか。


見ている。


すべて。


「証拠は揃っている」


淡々と。


「処分は任せる」


来た。


選択。


周囲の視線が集まる。


峻に。


(ここだ)


最初の分岐。


峻は張温を見る。


震えている。


「……家族が」


小さな声。


「病気で……」


言い訳。


定番。


だが。


(関係ない)


峻は思考を切る。


情を入れれば終わる。


ここは。


(役割だ)


峻は口を開く。


「横流しだな」


張温が崩れる。


否定しない。


それが答え。


峻は言う。


「量は少ない」


事実。


「だが」


一拍。


「続けば崩れる」


補給は命。


軍そのもの。


「例外は作れない」


結論。


峻は韓恢を見る。


そして。


静かに言った。


「処分を」


周囲が息を呑む。


「許可してください」


自分で決める。


だが。


形式は守る。


韓恢が笑う。


「言え」


短く。


峻は張温を見た。


目を逸らさない。


「張温」


名前を呼ぶ。


それだけで空気が凍る。


「補給横流しの罪により」


一拍。


全員が聞いている。


「――排除する」


静寂。


次の瞬間。


兵が動く。


張温が叫ぶ。


だが。


すぐに押さえ込まれる。


連れて行かれる。


音が消える。


残るのは。


沈黙。


誰も喋らない。


動かない。


峻は帳簿を閉じた。


(軽いな)


それが感想だった。


重いはずなのに。


「どうだ」


韓恢の声。


峻は答える。


「必要な処理です」


感情は乗せない。


韓恢が頷く。


「いい」


そして。


周囲を見渡す。


「聞いたな」


兵たちに向けて。


「これが基準だ」


空気が締まる。


完全に。


支配が変わる。


峻に。


韓恢が小さく言う。


「これが最初だ」


一歩、離れる。


「これからは毎日だ」


軽く言う。


だが。


意味は重い。


峻は答えない。


ただ。


帳簿を開く。


次の名前。


そこにある。


(終わらない)


いや。


(始まった)


峻は小さく息を吐いた。


そして。


次のページをめくる。

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