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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第二十五話 川下の商隊

川の流れが緩やかになる頃、道は開けた。


低い丘。

浅い渡し場。

そして街道脇に並ぶ荷車。


峻は馬を止め、木陰から様子を窺った。


商隊だった。


十数台の荷車。

布で覆われた積荷。

焚き火の煙が静かに上がっている。


一見、どこにでもいる行商隊。


だが――


(多すぎる)


峻は目を細めた。


護衛の数が不自然だ。

商人にしては武装が重い。


槍。

短剣。

そして軍式の靴。


(兵だ)


曹操軍の装備を崩しているが、隠しきれていない。


峻は視線を走らせる。


人数。配置。動線。


荷車は円形に並べられている。

外敵への備え――いや。


内側を隠す配置。


(見られたくない物が中央にある)


胸の鼓動が速くなる。


ここだ。


南倉庫から運び出された兵糧の行き先。


峻は馬を木につなぎ、歩いて近づいた。


足音を殺す。


草を踏む角度まで意識する。


兵糧袋の陰。

積み荷の隙間。


徐々に距離を詰める。


声が聞こえてきた。


「次の搬入は三日後だ」


男の声。


「本営が騒ぎ始めている。急げ」


別の声が答える。


峻は息を潜める。


間違いない。


横流しの現場。


「副官殿は?」


「南でしくじったらしい」


心臓が跳ねた。


「雑務係に見られたとか」


笑い声。


「なら長くは生きんだろう」


峻の指先が冷える。


自分が“処理対象”になったことを理解する。


だが同時に、確信も深まった。


組織的犯行。


単独ではない。


峻は視線を中央の荷車へ向けた。


布の隙間。


見えるのは――兵糧袋ではない。


木箱。


軍用刻印。


しかも補給用ではなく。


(武具……?)


剣や矢束が詰め込まれている。


峻は息を呑んだ。


兵糧の横流しでは終わらない。


武装の流出。


つまり。


「敵に売っているのか……」


無意識に呟いた瞬間。


「――誰だ」


背後で声。


凍りつく。


振り向くより早く、刃が喉元へ突きつけられた。


護衛の男。


鋭い目。


逃げ場はない。


男が目を細める。


「見ねえ顔だな」


峻はゆっくり息を吐いた。


恐怖を押し込める。


考えろ。


剣では勝てない。


なら――言葉だ。


「補給監査だ」


口が先に動いた。


男の眉が動く。


「監査?」


「本営からの確認だ。帳簿と数が合わない」


嘘ではない。


ただ順序を変えただけ。


男は疑いの目を向けたまま、仲間を呼ぶ。


数人が近づく。


包囲。


最悪の形。


(時間を稼げ)


峻は続ける。


「副官韓恢の指示で来た」


空気が揺れた。


男たちの視線が交差する。


名前は効いた。


内部者しか知らない名。


一瞬の沈黙。


その時――


隊商の中央から、ゆっくりと一人の男が歩み出た。


豪奢ではないが質の良い衣。


商人にしては姿勢が良すぎる。


峻を観察する目。


「……面白い」


男が言った。


「監査役が一人で来るとはな」


峻は答えない。


視線を逸らさない。


男は近づき、峻の顔を覗き込む。


そして、微かに笑った。


「なるほど。噂の“軍の目”か」


背筋が冷えた。


知られている。


完全に。


男は手を上げた。


刃がわずかに離れる。


「殺すな」


周囲がざわめく。


「この男は価値がある」


峻の胸が強く打つ。


助かったわけではない。


捕らえられただけだ。


男は穏やかに言った。


「歓迎しよう、帳簿殿」


その目は笑っていなかった。


「我らの商いを、ぜひ見ていってもらおう」


峻は理解した。


――敵の中心に入った。


しかも、自分の足で。


川の流れが遠くで鳴っている。


逃げ場はない。


だが。


数字の先にある真実は、確かにここにあった。


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