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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第二十四話 追跡の始まり

馬は止まらなかった。


川沿いの道を、ひたすら駆ける。

風が耳元で唸り、心臓の鼓動と重なる。


峻は振り返らない。


振り返れば、恐怖が追いつく気がした。


(顔を見られた)


胸の内で、その事実だけが重く沈んでいる。


倉庫で遭遇した男――韓恢。

補給官の副官。


軍務に深く関わる立場の者だ。


偶然ではない。

末端でもない。


(……中枢に近い)


馬の速度を少し落とす。


息を整えるためではない。

考えるためだ。


追手は来るか。


来るなら何騎か。

本営へ戻る道で待ち伏せされる可能性。


峻は手綱を引き、脇道へ入った。


林の中へ。


正面から戻るのは危険だ。


枝葉が肩を叩く。

湿った土の匂い。


馬を降り、歩かせる。


蹄の音を消すためだった。


(証拠を守るのが最優先)


紙片を取り出す。


補給官の印。


小さいが決定的な証拠。


だが――


「これだけでは足りない」


思わず声が漏れた。


横流しの証明にはなる。

だが首謀者までは届かない。


曹操が求めているのは処罰ではない。


根絶だ。


峻は立ち止まった。


頭の中で数字を並べる。


南倉庫。

昨夜の搬出量。

川下の商隊。


線が一本につながる。


(追えば、網元に辿り着く)


だが同時に理解する。


それは――


危険の中へ進むということだ。


背後で鳥が飛び立った。


反射的に振り向く。


静寂。


追手はいない。


だが安心はできない。


敵は、自分が逃げたことを知っている。


つまり。


次は“消しに来る”。


峻は紙片を懐へ戻した。


選択は二つ。


本営へ戻り、報告する。

あるいは――


証拠を増やす。


しばらく目を閉じる。


曹操の視線を思い出す。


逃げ場を与えない目。


「軍の目だ」


その言葉が胸に残る。


峻は目を開いた。


決断は早かった。


「……追う」


馬に乗り直す。


川下へ向きを変えた。


商隊が向かった先。


補給路の外縁。


軍の支配が薄い場所。


そこに、敵の拠点がある。


馬が再び走り出す。


太陽は高く昇り始めていた。


その頃――


本営。


郭嘉は静かに茶を口にしていた。


「戻らぬな」


誰に言うでもなく呟く。


側に立つ兵が戸惑う。


「峻殿、まだ帰還しておりません」


郭嘉は微かに笑った。


「だろうな」


杯を置く。


「彼は報告より先に、答えを取りに行く男だ」


兵が尋ねる。


「捜索を出しますか?」


郭嘉は首を振った。


「不要だ」


一拍。


「今、彼を追えば――敵に気づかれる」


窓の外へ視線を向ける。


遠く、南の空。


「さて」


小さく呟いた。


「軍の目は、何を見るかな」


場面は戻る。


川下の街道。


峻は走り続けていた。


遠くに、煙が見える。


隊商の炊煙。


人の気配。


そして――


新しい戦場。


峻は手綱を強く握った。


戦は、剣だけで起きるものではない。


数字の先にも、戦場はある。


そして今。


その中心へ、踏み込もうとしていた。


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