「へっへっへ。そいつは言えねぇな」
『第三試合は龍使いのアリサ選手と聖盾騎士のピアニィ選手です!』
開戦の合図が響き、両選手がにらみ合った後に控室から出ていく。エリックの試合は第七試合だからまだ余裕はあるが、それでもタイムリミットが少し短くなったと思うと気が重くなる。
とにかく手掛かりを探さないといけないのだが、何処から手を付けた者か。思考に耽るエリックに声がかけられる。
「よう、クロカブトさん。少し話さねぇか」
クロカブト、と呼ばれて一瞬反応が遅れるエリック。この大会に参加する時に使った偽名を思い出す。顔を覆うマスクの色に合わせて適当につけた名前なので、気付くのが遅れた。
エリックに話しかけてきたのは、身長2mほどの男だ。名前はホーガン。ジョブは『肉体士』。相手の攻撃を受け、その上で反撃するタイプの格闘系ジョブだ。そのジョブに沿ったスキルが多く、鍛え上げられた肉体はまさに鋼の如くだ。
そしてエリックの第七回戦での対戦相手となる。
「話すことなど何もない」
短く、声色を変えて答えるエリック。実際に話すことはない。出来るだけ早く契約書を見つけ、棄権したいのがエリックの本音だ。
「そう言うなよ。オマエのパワー、見事だったぜ。予選をああも見事に突破されりゃ、興味もわくってもんよ」
ホーガンが言う予選と言うのは、この大会の予選大会だ。
弾性に優れた素材で作られた人形に攻撃を仕掛け、どれだけ人形を揺らすことだ出来るかという形式だ。攻撃の衝撃が強ければ人形が揺れる時間も増える。その時間の長さを測り、長いものから順に予選突破していくという形である。
言うまでもなく、まともにやればエリックが突破できるはずのない形式だ。エリックの攻撃では人形を揺らすどころか、拳を痛めかねない。
なので――言うまでもなくズルをした。
『――本来こういった私的な戦いに私は関与しないのだが』
エリックの懐に潜んでいるカブトムシ――ネイラのヘラクレスがエリックに思念を送る。その口調は明らかに不満が混じっていた。
エリックのズル。それはヘラクレスに<命令>スキルを使って、重戦車の怪力スキルを付与してらったのだ。
目立たないようにエリックは軽くはじいたつもりだったが、人形は大きく揺れて予選を一位突破。今大会最大の台風の目として注目されることになった。
(……やりすぎたー。目立っちゃダメなのに)
反省するエリック。とにかく傷をこれ以上広げないために、無口キャラを貫くことにした。このまま黙って相手が引き下がるのを待とう。
「多くの試合を見てきたが、あれはすごかったぜ。オーガと殴り合ったことのある俺だが、あれは寒気が走ったぜ。
……んで相談なんだがよ。この試合は負けてくれって頼まれてるんだ」
「ほう。商人ギルドからか?」
「へっへっへ。そいつは言えねぇな」
だが、思わぬ台詞に声をあげる。続いたホーガンの言葉に確信するエリック。どうやら彼も八百長を頼まれたようだ。
「アンタの強さに興味があるのは事実だが、あのパンチをまともに食らうのは後に響きそうなんでね。手加減してくれねぇか?」
「タダで、か?」
「いやいや! だけどこっちも持ち合わせがなくて。あまり金は出せないんだ」
「八百長を受ける時点で財布事情は理解している。こちらが欲しいのは八百長の詳細だ。話せる範囲で話せ」
無理に強キャラを演じるエリック。内心はビクビクである。相手の気が変わって『ふざけるな!』と殴りかかられたら即アウトだ。
それ以前に頭二つほどの身長差を相手にする時点で背筋に汗が走る。相手は肉体を鍛えて戦いに挑むジョブだ。立っているだけで威圧感が半端ない。
「勘弁してくれよ。このテの大会の裏事情は分かってるんだろ? デビューさせたいやつがいて、そいつの為だけに試合が組まれるんだぜ。
レオ・ルヴォア。ここに集められたのはあの貴族のボンボンを勝たせるための噛ませ犬なんだよ」
「ルヴァア家の者か。天空神の神官の家系と聞いているが?」
「雷拳神官……天空神の雷霆を拳に纏う修道士系ジョブさ。実際、かなりの強さだが確実性を増すためにこの大会にはいろいろ仕組まれてるのさ」
ルヴァア家のことは、この街に住む者なら誰でも知っている。街の中央に立てられた天空神の神殿長の家系だ。
そしてホーガンの話を信じるなら、今大会そのものがレオの為に参加者を絞った者のようだ。実際、ネイラやエリックのような商人ギルドの息のかかっていない者もいるわけだが――
「八百長だけではなく、食事に弱体化の毒を混ぜたり治療係の神官がわざと手を抜いたりするみたいだぜ。んな状況でアンタの拳は喰らいたくないんだよ」
妨害策は一つだけではない。要所要所に仕掛けられているようだ。
「分かった。考慮しよう」
「いいのか!? 助かったぜ。これで娘の治療がなんとかなりそうだ……」
「成程、そちらも大変なようだな」
「八百長受けるモンなんざ、事情さまざまさ。まともに戦いを楽しみたいなんてヤツには悪いけど、な」
「確かに。さて、話はこれで終わりだな」
これ以上は話すつもりはない、と手を振るエリック。ホーガンはそれを受けて頭を下げながら去っていく。その様子を見ながら、小さくため息をついた。
「……まあ、八百長は止めないとね」
動く理由は同じだが、先ほどよりも明確にエリックはその事を意識していた。




