「な、なんらぁ? ろーしらぁら?」
「やったか!」
ネイラが吹き飛んだエンプーサを見ながら叫ぶ。
「逃げたっぽいよ。ぶつかる時まではいたけど」
クーは言って蜘蛛の糸をほどく。そこには血の跡こそあるがエンプーサの肉体はなかった。
「逃げたぁ!? あのタイミングでか!」
「んー。また血の霧になったっぽい。糸の隙間から拡散してったよ。
でもま、あんだけエーテル消費したんだからもう無理っしょ」
さして惜しむ様子もなく、クーは言い放つ。実際、エンプーサが襲ってくる気配はなかった。
「まーいいさ。よーし蜘蛛女! 手ぇ出せ!」
「手?」
言いながら右手をあげるネイラ。おうむ返しに応えながら、クーも右手をあげる。
その手に、思いっきりネイラは手を叩きつけた。勝利の凱歌だ。
繰り返す。思いっきり叩きつけた。重戦車の力で。
「んんんんんんん!? なにすんのよこのマッチョエルフ! 手っ、手マジもげそうだったわよ!」
「おお、ワリィワリィ。まだ変身解いてなかったな。まあいいや、大将もやるぜ!」
「クー!? いや待って! その力でやられたら僕の腕確実に折れるから!」
「安心しろよ、変身解いてからやるから――およ?」
バスターヘラクレスの変身を解除したネイラは、突然の脱力感に襲われて座り込む。目を回したかのように首を左右に揺らしている。
「な、なんらぁ? ろーしらぁら?」
「誓い抜きで私を使ったのだ。相応の消耗はあろうよ」
『なんだ? どうしたんだ?』と言うネイラの問いに、彼女のふとことから現れたカブトムシが答える。彼女に重戦車の力を与える存在。エリックの<命令>で変身したデメリットが、今ここで発生したようだ。
「んなモン聞いたことねーぞ……」
「今までそのような前例はなかったからな。地獄の悪魔と言う緊急事態だった故に黙認したが」
「ふへぇ……」
そんないい話なんてねぇよなぁ、と呟いて倒れ込むネイラ。
(しかし……抵抗こそしなかったものの、私に対して<命令>を通すとは。……蟲使いとは存外規格外なのやも知れぬ。限定的とはいえ神の遺産足る私に干渉するのだから)
カブトムシは言葉なくエリックの可能性に考察を向ける。だがそれは言葉に出すことはなかった。今はまだ――
「あの……なんかごめん」
「いいって事よ大将。実際、正式に誓いやってたら間に合わなかった可能性あるからな。でも、もうごめんだぜ……」
「ほんとごめん」
「――ふっふっふ。よーするに今全然動けないんだ」
言ってゆっくりと立ち上がるクー。右腕が痛いのか抑えながらだが、それでも顔は微笑んでいた。
「お。おう。そのなんだ蜘蛛女。手をワキワキさせるのは少し怖いんでできれば――」
「さっきのお返しー! あ、エリっちはあっち向いてて!」
「え? あ、うん」
「ちょ、待て待て蜘蛛女、そこは、ん、ば、マジヤメ、きゃうん!」
「がさつな割にいい声出すじゃないのよ。ここはどうかなー?」
「大将も止めてくれよぉ! あ、そこに手を入れるのは反則――っっ!」
「あのクー、ほどほどにね!」
後ろから聞こえるネイラの声に色々想像してしまうエリック。いや、そろそろ止めた方がいいかも。そう思い振り向いて――
「へ?」
巨大カマキリと目があった。
三角形を思わせる顔の形。両目の複眼。鋭い牙。そして二本の鎌。エンプーサが使役していた巨大カマキリだ。部屋の中を数えただけでも十数体はいた。そう言えば、エンプーサの空間内でも見た気がする。
あまりの出来事にフリーズしそうになる脳を何とか動かし、状況を確認しようとする。
(えーと。さっきまではエンプーサの空間の中にいて、そこにこのカマキリたちがいた。数もだいたいあれぐらいか)
(で、そのエンプーサはいない。エンプーサがここから完全にいなくなったのなら、解除されて突然現れた)
(そしてエンプーサがいないとなると、行動は制御はされている……それとも制御されておらず、狂暴なまま?)
ゆっくりと鎌を持ち上げるカマキリ。わーい、狂暴なままだー。
だがエリックはあわてず騒がず<命令>を下し、その動きを止めようと――
「うおおおおおおおお! 今襲ってくるのは反則だぞ!」
「ちょー、あーしを食べるとかマジ勘弁!」
「ねいら!? くー!?」
ネイラとクーの方を見ると、複数のカマキリの鎌に挟まれて必死に抵抗している二人がいた。エンプーサとの戦いで疲弊し、ネイラは更に誓いなしのペナルティで戦闘不能。クーは右腕を使えない状態。戦闘力はガタ落ちだった。遥か格下の巨大カマキリに碌に抵抗が出来ない状態だ。
「あわわわ! 『食べるの禁止』!」
とっさに出したのはそんな命令。十数匹のカマキリに『本能の一部を封じる命令』を下す。
スキルなどの消費は、数が多ければ消耗が増える。同時に命令系のスキルはその命令の強さや厳しさにより消費度が高まる。生命の危機を感じさせる命令なら、その消費の高さは大きく増す。
食べるな、という命令は言うまでもなく生命の危機だ。動物は食べなければ死んでしまうから。十数匹にそれだけの命令を出したエリックの消耗は、当然かなりのモノだ。
「…………あ」
そのまま倒れ伏すエリック。カマキリから解放されたクーとネイラも、そのままぐったりと倒れ込んだ。
「……二人とも、動ける……?」
「わけねーだろう、大将」
「あんたが馬鹿パワーでハイタッチしなければ、まだ動けたかもなんですけど……!」
「しょーもないことで残った体力使い切ったのは、お前だろうが……」
倒れ込んだ三人。巨大カマキリは命令により三人を食べる事が出来ない為、別の場所に移動する。飢餓状態のまま、凶暴性を維持して館内をうろつき、目につく物を鎌で切り裂き、破壊していく。
半日ほど経ち、どうにか戦えるまで回復した三人がカマキリを追うが……半日でかなり暴れまわたのだろう。ようやく最後の一匹を倒した時には館中ボロボロの状態となっていた。




