「まー? まじでやるのー?」
「……ん?」
エンプーサはエリックとアラクネと森の聖人が何か話しているのを見る。何か作戦の相談をしているようだが、無駄な事だ。
アラクネの糸は決定打にはならない。こちらの動きを制限するが、除去することは可能だ。
森の聖人は鎧の形状を見るに近距離のみのようだ。遠距離攻撃が使えるのなら既に使っているだろう。温存する意味はない。
となるとあの冥魔人が決定打になる。あちらもこっちの抵抗力を気にしているのか、隙を伺いつつ力を溜めているようだ。自分の力に慢心しない相手程、厄介なことはない。とにかく隙を見つけてあの男を殺せば――
「……という心理になっていると思うので」
「まー? まじでやるのー?」
「オレはいいぜ! 面白そうだ!」
エリックは作戦を説明し、クーとネイラの方を見た。クーは明らかにヤだなー、という顔をしてネイラは面白そうに指を立てる。確かにクーの負担は大きいのでその感想は最もだ。
「んじゃ、いっくぜ―!」
腰を下ろし、力を溜める様なポーズを取るネイラ。そのまま一気にエンプーサの方に突撃した。脚力を増した重戦車の突撃。これは無視できないと、エンプーサは血の鞭を束ねてネイラに向けて打ち放つ。
「こ・ん・じ・ょ・おおおおおおおおおおおおおおおおお!」
連続で放たれる攻撃に、流石にネイラの動きは止まる。だがネイラは自らに活を入れ、足を前に進める。突風に逆らい進むように、力を込めて。
「オラオラオラオラァ! そんな程度か!」
「分かりやすい特攻ね。仮にも亜神妖精が蛮族みたいな叫び声をあげて。囮だって見え見えよ」
大声をあげて突撃するネイラ。派手に叫ぶ姿を見て、エンプーサは苦笑を禁じえなかった。神に最も近いと言われる種族が、裏町のチンピラのように叫ぶだなんて。あからさまにもほどがある。
視線をネイラの背後に向ければ、予想通りエリックがこちらを指差し何かをしようとしていた。
(おそらくあのアラクネや私の子供を支配下に置いたように、エーテルで私を縛る契約術ね。だけどそれが来ると分かっているのなら――!)
「エンプーサ、『動くな』!」
エリックが<命令>を放つ。目には見えないエーテルの呪縛がエンプーサに向かって飛ぶ。一度縛られればその者が解除するか死ぬかするまで消える事のない隷属のスキル。
それを受けたエンプーサは――赤い彫像となって砕け散る。血液で作った自分の分身をスキルの盾にして、呪縛から逃れたのだ。
「残念。騙し合いは、私の勝ちのようね」
エリックの<命令>を無効化したと誇るエンプーサ。どれだけ力を持とうとも、それを扱う者の知恵が浅ければ意味がない。そう言いたげにほほ笑む。
……まあ、実際の所エリックの<命令>は虫専用のため、エンプーサが受けても何の影響もなかったのだが。
そのまま砕けた人形とネイラを飛び越えて、一気にエリックまで迫る。そこに張られたクーの糸を易々と切り裂き、血の鉤爪でエリックの喉笛を引き裂こうと――
「後ろががら空きだぜ!」
「がぁ……!」
エンプーサの背中から、ネイラが強襲する。足をまっすぐ伸ばし、エンプーサの背中を蹴りつける。鉤爪を振るおうとした無防備な状況でしかも背中から。何とか墜落することは堪えるが、ダメージは大きい。肉体的よりも、精神的に。
馬鹿な、ありえない。翼をもたない重量鎧があとから飛び立って私に追いつくなんて。まるで何かに引っ張られたかのように――
「まさかっ!」
「おもーい! あーしの腕に筋肉ついちゃうじゃないのよ!」
エンプーサの推測を証明するように、クーが不安の声をあげる。
バスターヘラクレスの腰に巻き付いた白い糸。それはアラクネの腕に繋がっていた。こちらが跳躍すると同時にアラクネが引っ張ったのだ。重戦車の脚力とプラスすれば、確かに一気に追いつくことは可能だろう。
だが、いつ糸を放った?
(私が飛ぶと同時に糸を放った? いいや、それだと間に合わない。
という事は、突撃する前から糸を巻き付けていた? 私が冥魔人の攻撃を回避すると見越して、その後の突撃を予想して?
つまり、私の行動は全て予想されていた!?)
ネイラからの追撃はない。元より不安定な体制の一撃だ。エンプーサは翼を広げて加速し、ネイラの攻撃範囲から逃れる。
落ち着け。かなりのダメージを受けたがまだ戦える。反撃の準備をする森の聖人。糸を放って動きを拘束しようとするアラクネ。この二人を同時に排斥し、その後にあの男を――
「騙し合いは、僕の勝ちだ」
エリックは腕を組み、見下すような表情でエンプーサを見る。
(相手に余裕を与えるな。ここで僕ができることは、出来るだけ気を逸らすこと。ハッタリだろうが大嘘だろうがなんだっていい。ここで動揺したら、クーやネイラが殺されるかもしれないんだ!)
怯えを必死にこらえ、エンプーサを鼻で笑う。何度も心の中で繰り返してきた言葉を、バレないように深呼吸して解き放つ。
「服と一緒に知性まで脱ぎ捨てたのか、この痴女が。貴様などに『この力』を使うまでもない」
「なっ……!?」
あからさまな侮蔑に顔が赤くなる。渋面のままエリックに怒りの矛先を向けようとして――
『あーしの糸は地獄にだって届くんだから!』
『邪我亜濃斗・全力全身!』
クーが無防備なエンプーサを状態をクーの糸が幾重にも絡めとり、ネイラの全力の突撃がそれを壁に叩きつけた。




