「えーと……遠慮します」
冒険者ギルド――正確な名称は『ファルディアナ大陸冒険者互助会』。
エリックが所属するオータムの冒険者ギルドは、有り体に言えば普通の冒険者ギルドだった。
ドラゴン退治の英雄がいるわけでもなく、剣聖や高位魔術師や聖騎士と言った伝説のジョブが所属していることもなく、
「この四元騎士様のいう事が聞けないっていうのか? ああ!?」
「そうよそうよ。カイン様の言う事を聞いていればいいのよ」
「素人のあなたが意見するなんて、頭おかしいんじゃない? アハハハハハ!」
剣と魔法を同時に扱える四元騎士。カイン・バレットが幅を利かせるという『普通の』場所だった。カインの取り巻きの女性も、同様に相手を罵っていた
「はははは。そうだね」
その罵られている相手というのは、エリックなのだが。
事の起こりは、エリックが冒険者ギルドに仕事を探しに来たことだ。掲示板に張られた仕事を見ていた時に、背後からカインに肩を叩かれたのだ。
何事、と振り向いたエリックにカインはにやにや笑ってこう告げた。
「よう、エリック。昨日は綺麗な女連れてたなぁ。紹介しろよ?」
どうやら街中で一緒に歩いている所を見られたようだ。
カインとクーが一緒に歩く。あの取巻き達の中にいる。それを想像して、エリックは思わず口にしていた。
「……その、遠慮します」
「遠慮? お前がそんなこと言える立場だと思うのか?」
という流れである。
いい女は自分のステータスだと思っているのか、それともクーの姿をみて欲情したのか。どちらにせよエリックはお断りだった。
「おい、蟲使い。お前のようなヤツに纏わりつかれて、あの子も迷惑がってるんだよ。察せよ馬鹿。今なら痛い目を見ずに済むんだぜ」
「そうよ。どうせ虫を使って脅してるんでしょう? そうでないとありえないわ」
「このヘンタイ。サイテーね、アンタ」
言いたい放題のカインとその取巻き達。他の冒険者たちも嫌悪感を示すが、助けに入る様子はなかった。
「だからよ。あの女、俺に渡せ。お前のようなやつにはもったいないんだよ。俺の傍にいる方が幸せなんだって分かれ、ムシ」
「ほーんと。世間ってものが分かってないのよね」
「一度痛い目見ないとわからないんじゃない? ムシだけに脳みそ小さそうだし」
断り続けるエリックに、会話のボルテージも上がってくる。次断われば武器を抜く。それはエリックも理解できた。
「えーと……遠慮します」
それでもエリックはそう答えていた。数秒後に来るであろう痛みに負けないようにぐっと歯を食いしばる。
カインが立ち上がり、拳を握る。エリックの胸ぐらを掴――もうとした手は空を切った。
「エリっちおそーい! すぐに戻るとか言ってたのに!」
胸ぐらをつかまれる寸前、クーが糸を飛ばしてエリックを引き寄せたのだ。
「クー!?」
「おう、女。俺の名前はカイン・バレット。この街の国防騎士バレット家の人間で、四元騎士だ」
「ん。あーし、クー。よろよろ」
挨拶されたから挨拶を返す。その程度のノリでクーは手をあげた。
「クー、お前俺の女に入れてやる。この四元騎士の女になる栄誉をくれてやるぜ」
「…………エリっち、この人何言ってるかわからんちん。えれえれないないとかって偉いの?」
「うん。かなり強いジョブ。四源素の魔法を剣に乗せて戦う強ジョブだよ。僕が知る限り、このギルドで最強」
「何言ってやがる、ムシ。このオータム最強と言いなおせ! 何せ先の騒動は、俺一人で邪神の眷属を倒した《《ようなもの》》! 街の救世主と《《言われてもいいぐらいだ》》!」
嘘は言っていない。実際に『倒した』と明言していないのだから。
「ふーん、すごいのね」
「ようやくわかったか。お前をその女に加えてやる。どうだ、嬉しいだろう?」
「全然。お断りしまーす」
カインの誘いを、あっさりと断るクー。そのままエリックに腕を絡ませた。
「あーしはエリっちのオンナなのぉ。なのでぇ、えれえれさんはお断りしまーす」
「なっ……! この俺の誘いを断って、蟲使いの女になるだと!」
「ちょっと、本気でいてるの貴方! カイン様に選ばれる栄誉が分かってないのかしら!」
「馬鹿じゃないの!?」
次々と罵る声を、手をひらひら振って流すクー。この会話はこれで終わり、とばかりにクーはエリックに体重を預け、甘く語りかける。
「行こう、エリっち。お仕事見つかった?」
「いや。僕が受けれそうな物はなかったかな」
「わーい。じゃあ今日はデートだね」
「あ、でも今のうちに非常食のキノコ採っておかないと」
そんなことを言いながらギルドの戸から出ていくエリックとクー。
(カインの奴、形無しだな)
(ああ、見事にフラれれたな。いい気味だ)
(しかりエリックに女が出来たっていうのも……ムカつくよなぁ)
(ま、今日はカインのフラれっぷりを肴に楽しむか)
冒険者たちはカインに聞こえないように呟く。
カインもそんな空気を察したのか、怒りの表情で二人が出ていった戸を見ていた。
「……ふざけるなよ。この俺の誘いを断るとどういう目に合うか教えてやる」
「いいわね、久しぶりに滾ってきた。カラダに教えてあげましょう」
「心が折れるまで、たっぷりとね。アハハハ!」
残っていた酒を一気に飲み干し、カインは取り巻き達と外に出た。




