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カモネギ  作者: 春風
名探偵は闇に溶ける
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7/12

Ⅰ.

 私立(プライベート・)(大学(ユニヴァーシティ・))探偵(アイ)は今日も日がな一日を過ごしていた。学食のお決まりの席。お決まりの鯖定食。しかしいつもと違ったのは鼻の下を伸ばし切った、緩みに緩んだ僕の表情であろう。この時が来るのを待つまで約一年と五ヶ月。


「いつもありがとうございます! 鯖、好きなんですね!」


 僕の耳に飛び込んで来た金子さんの言葉だった。柔らかそうな唇が矢を番える弓のように湾曲し、彼女の顔をより魅力的にした。天使のような微笑みを僕の視覚が感知した時、きっと僕はそんじょそこらの蛸よりも赤かっただろう。


「よう、すけべ」


 いつもと変わらぬ様子で、しかし言葉に悪意を込めた根岸がそう言いながら椅子に腰掛ける。思わぬ友の登場に、緩みきった顔は瞬時に対応出来ない。クールな探偵のイメージを損なってしまう。


「どうしたんだ、こんな早くに」


 彼は趣味特技・昼寝と平気で履歴書に書くような睡眠オタクだ。普段ーー用事こそあれば別だがーー授業には遅刻ギリギリか遅刻してくる男だ。平気な顔をして。そんな彼が何の用事もなくこの場に現れるとは、今日は雪でも降るのだろうか。


「こんなもんがウチのポストに入ってた」


 そう言って彼は味気ない茶封筒をリュックサックの中から取り出す。茶封筒には『探偵さんへ』と書かれていた。切手や消印がどこにも見えない事から、ポストへ直接投函したようだ。ここで僕の中にひとつの疑問が生じる。


「何故それが君の家のポストに?」


「さあな。それより見ないの? 中身」


 にべもない返事を返しながら根岸はあくびをかます。仕方のない事だった。本来なら彼は、この時間は夢の中の住人なのだから。僕は夢と現実の狭間を彷徨う相棒を傍目に、おもむろに茶封筒の封を解く。恐る恐る中を覗き込む。


 特に変わったものは入っていなかった。これまた味気ない便箋が折り畳んで入れてあっただけだ。


「手紙、か。いよいよ僕らにもファンレターが……ん? なんだこれ」


 僕は便箋に挟まれた、見覚えのある顔に気付く。同じ顔が三つ。根岸も僕の驚いた表情を見て、止まっている僕の手元を覗き込んできた。彼の目もまた、点になる。


 『学問のすゝめ』の著者、といえば誰しもが福澤諭吉と分かるだろう。その日本が誇るーー僕の財布からすぐ家出するーー偉人が、六つの目でこちらを覗き返しているのだ。日本銀行が発行する一万円の価値を意味する金券が、僕の手元に三枚もある。ファンからのプレゼントにしては少し怪しい。プレゼントに『現金が欲しい!』などと言うほど、僕も現金な人間ではない。


 僕らは顔を見合わせる。


「偽札じゃないのか?」


 そう言って根岸は僕が持つ、差出人不明の三万円をマジマジと見つめる。僕は机に札を置き、持ち歩いている虫眼鏡で注意深く見つめる。ホログラムも見る角度によって、キチンとその役割を果たす。桜、アラビア数字の一がひとつと零が四つ、そして日本銀行の紋章である目玉のようなマーク。手に取って、忌々しい日差しが入り込む学食の入口へと札をかざす。札の中央、白く縁取られた場所に、福澤諭吉のご尊顔が浮かび上がる。文句の付けようが無かった。


 僕の中の探偵の血が騒いだ。今までとは違う匂いがする。僕は茶封筒の中から、忘れ去られていたかのようにこじんまりと収まっている便箋を取り出す。三つ折りにされたそれをスマートな手付きで開き、羅列された文字に目を走らせる。


『探偵さんへ


私は今、とても困っています。でも公にはしたくないし、なるべく誰にも知られたくないんです。


でも、私一人じゃ何も出来ない。だからあなたに力を貸して欲しい。


一緒に入れた三万円は依頼料です。事件を解決してくれたら、更に三万円支払います。


この手紙を読んで、依頼を受けてくれるなら、学園祭の日の夕方に駅近くの喫茶店・パーカーズに来て下さい。


どうか私を助けて』


 一人称や文字の形状からして、十中八九女性からの手紙だ。生まれてこの方、女性から手紙を貰った事は、大学入学後に送られてきた母からの手紙以外に無い。


 呆然とする僕の隙をつき、根岸が僕の手から手紙を奪い取る。そして内容を確認し、意味を咀嚼し、脳内に伝える。


「イタズラだろ。怪しすぎる」


 彼が弾き出した答えは理に適っている。至極当然の判断だ。僕も彼の考えに異論は唱えない。僕は過去に、女子の字で書かれた手紙を下駄箱に入れられた事がある。その手紙に書いてある指定の時間・場所に行った。そこにはスカートを履いた可憐な女子の代わりに、怖い先輩が数人いただけだった。その後の事は割愛しておこう、僕の尊厳のために。


「まあその三万円は使わない方がいいだろ。そんな事より、明日の学祭の準備手伝えよ」


 めんどくせーとぼやきながら根岸が席を立つ。彼は怠惰な生活を好むのだが、運悪く学祭の実行委員に選出されてしまった。そして友人である僕に対し、仕事を手伝えと言うのだ。なんとも暴虐無人な男なのだろうか。勿論僕は拒否したが『探偵業を手伝ってるだろ』と圧力をかけてきた。僕はいとも容易く屈し、彼の仕事を手伝う事にした。










 学園祭は、明日に迫っていた。

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