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カモネギ  作者: 春風
私立(大学)探偵・鴨志田周郎
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6/12

Ⅵ.

 備忘録その二。僕が探偵として解決してきた難事件をここに記すとしよう。


 探偵として初の事件は、そう、あれは大学一年生の時。後期が始まったばかりの、夏が名残惜しそうに暑さを残した日だった。


『お気に入りのストラップが無くなった』


 実に単純明快な依頼だった。僕はその依頼主である女子学生から、その日通った経路を事細かに聞き出した。そして根岸の眼前に千円札をちらつかせ、協力を仰いだのである。


 そして学生がいなくなった深夜のキャンパスに潜り込み、懐中電灯片手に虱潰しに探し回った。その時に一度警備員に見つかりーー僕だけだーー軽い尋問を受けたが、理由を言うと、呆れた顔をしていた。


「わざわざ夜にやらなくても、昼間やればいいじゃないか」


 五十から六十歳くらいだろうか、律儀に第一ボタンまでピチッと止めたこの警備員は何も分かっていない。探偵というのは、一刻も早い事件解決の為なら、危険を顧みず闇にでも飛び込んでいくものなのだ。それを力説すると、警備員は笑って許してくれた。以降、彼とは顔馴染みになり、会えば僕の事を探偵と呼んでくれるようになった。時たま暇な深夜に足を運び、たわいのない談話をして、夜更かしする事もある。


 僕が警備員のおじさんと仲良く缶コーヒーを飲んで談笑している頃、根岸が依頼人のストラップを見つけ、事件は無事に解決した。この時の報酬は学食のスタミナ丼一杯という、一人暮らしの学生にとってはとても嬉しいものだった。






 次の事件、というより依頼は、なかなかハードなものだった。


 どうも最近彼氏がツレない。浮気してるんじゃないか。疑心暗鬼に囚われたヒステリックな同学部の女子学生からの依頼だった。その女の香水臭い事と言ったら。テーブルの隣の柱に貼ってあるポスターに描かれたほうれん草も、なんだか萎びたように見えたのは気のせいだろうか。余りにキツい香水を撒き散らす輩は、自分は臭いぞ、と周りに自己主張しているようなものだと気付かないのか。


 日本のような多湿な地域では香水ーー香水に限らず、多種多様な匂いーーは匂いが飛ばずに辺りに充満してしまう。香水は古くはエジフトを起源とし、イメージ通りのからっからな砂漠地帯に住む人々が使い始めたのだ。かの有名なクレオパトラ女王も、香水を毎日のように使っていたという。あちらの地域は湿度がほとんど無いため、匂いが飛散し、浴びるようにかけてもさほど気にならないのだ、と何かの本に書いてあったような気がする。僕は香水には少しうるさい人間だと自負している。


 話が逸れた。その香水女の彼氏というのが、いかにも、と言わんばかりのチャラついた男で、聞き込みをしたところあまり評判も良くなかった。入学してから当時ーー九月くらいだっただろうかーーまでで、なんと七人の女を引っ換え取っ替えしていたという。その内の一人から聞いた話なので信憑性がある。


 その間に僕は一人の女性ともお近付きになっていない。世の中の不平等さを痛いほど感じたのを覚えている。


 そして依頼を受けてから数日経ったある日、チャラ男を尾行して大学からの帰りのバスを降りたところで香水女とは別の女と合流した所を目撃した。同行していた根岸がすかさずスマートフォンでーー後ろ姿ではあるが、ばっちり手を繋いでいたーー写真を撮り、証拠として残した。やっと探偵らしい事ーー根岸の場合、アブない事ーーが出来て、僕らはニヤけていただろう。次の日に早速香水女に連絡を入れ、学食の例の席で待ち合わせをした。


「誰なのよこの女!」


 癇癪玉が同時に百発炸裂したかのような声を上げて、女はヒステリーを起こした。中央部やや右よりに席がある為、ぐるりと周りから囲うようにして視線が僕らを冷たく突き刺す。あの感覚はーー悪い意味でーー筆舌に尽くしがたい。なんとかその場をなだめるも、収まりきらないといった香水女は『この女が誰なのか突き止めなさい!』と依頼などという生温い言葉ではなく、有無を言わせぬ命令を発した。僕はこの時彼女は当分いらないと思った。


 彼らの身辺調査をしていると、程なくしてその女は香水女と彼氏の共通の知人である事が知れる。ギトギトの泥沼関係というやつだ。その報告だけ済ますと、あとは僕らの出番はない。はずだった。


 好奇心というものはどうしてこうも人間を悪い方向へと追いやろうとするのか。僕と根岸は怖いもの見たさにチャラ男の後をこっそりと追った。その場で写真を撮られているなどとは露知らず、またも同じようにバスを降りた所で落ち合ったようだ。二人が手を繋ぎ、人の流れに従い駅へと向かう中、産卵のため川を遡上する鮭のように、人の波とは逆方向に進む女がいた。香水女だ。


 その怒りのオーラを纏い、顔を真っ赤にした紅鮭、もとい香水女に気付いたチャラ男と現・彼女の顔から血の気が引いたのを僕は見逃さなかった。僕と根岸はワクワクに似たドキドキを感じながら、低木から覗き込んでいた。


 いきなりのビンタ、ビンタ、パンチ。般若のような表情で香水女が彼氏に襲いかかる。現・彼女が止めに入るも、そちらにも紫電一閃!強烈な張り手が現・彼女を仰け反らせる。


 憤怒した現・彼女は、仕返しと言わんばかりに思い切りバックスイングをつけたバックでの殴打。中に入っていた筆記用具やら化粧品やらが辺りに散乱する。想像を絶する修羅場となった。


 唖然としながら見つめていた僕と対照的に、根岸はまるで三流スプラッター映画でも見るように楽しそうな表情を浮かべその光景をスマートフォンで撮影する。僕はその行為を咎めようとする気も起きず、引き上げよう、と言ってその場を離れた。帰りにハンバーガー屋でポテトとシェイクをテイクアウトし、二人で公園で食べた。その時に報酬を貰ってない事に気が付いたが、関わり合いになるのは厄介に思えたので、黙ってシェイクをストローで吸い上げた。






 とまあ、こんな感じで大学内の事件を解決し、名実ともに探偵となった僕だった。大学内に『何でもしてくれる便利屋がいる』という噂が流れ始めたのもつい最近だ。だが言わせてもらおう。僕は『便利屋』では無く『探偵』だ。それもこの大学専属の。


 古くから探偵を『プライベート・アイ』と呼ぶ。そう、言うなれば僕はこの大学のプライベート・アイ、だ。私立探偵でもあり、大学専属の探偵でもある。そこで僕はある造語を作った。私立大学は英語で『プライベート・ユニヴァーシティ』だ。『プライベート』という部分が被っている。僕は運命を感じながら名刺の原画にペンを滑らせた。










私立(プライベート・)(大学(ユニヴァーシティ・))探偵アイ




 僕を呼ぶなら、そう呼んでくれ。

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