Ⅴ.
ここで僕の経歴を記しておこう。備忘録、というやつだ。
僕は某県F市に生まれ、慎ましく暮らした。父も母も仕事をし、年の離れた姉は大学に通うため家にはいなかった。つまり、僕は所謂『鍵っ子』というやつだった。そんな僕の幼少期の楽しみといえば、パチンコだ。勿論、ビニール椅子に座り、ピカピカ光る画面を見つめて一喜一憂する、アレではない。Y字型の棒に、ゴムが付いているだけの簡素な玩具。僕はそれがあたかもコルト・ピースメーカーであるかのように腰に差し、街を練り歩いたものだった。
そこから転じて、エアガンに興味を持ったのは中学生の時だ。初めは手動でBB弾を装填する、チープなエアコッキングから始まり、ガスブローバック、電動など、様々なタイプの武器を使いこなせるようになった。だが僕はお気に入りのコルト・ローマンのモデルガン以外は一切その類のものを所持していない。僕の両親は、良心的な人間だったのだ。洒落ではない。
高校時代は、淡い恋の期待が膨らむだけ膨らみ、見事に萎んだ。青春映画などのような甘酸っぱい時期を過ごすのはほんの一握りの人間だけなのではないか。これは僕の持論だ。まあなんとか大学受験を突破し、ある程度学歴という欄に書き込む文字も増えていった。
そして生まれ故郷のF市を離れ、大学に通うため隣県のH市にて一人暮らしをしている。
大学に入学した僕にはやりたい事があった。そう、推理もしくは探偵小説について語り合う仲間が欲しかった。そこで予てから下調べしていた『推理小説愛好会』というサークルの門を叩く事にした。部長を始め、四年生が三人。三年生と二年生が二人ずつ。そして新入生が僕とあと一人。合計で十人程度の小さな倶楽部だった。
学年の壁などの隔たりもなく、先輩達は良くしてくれた。しかし生まれ付いてのハードボイルドな僕には少し物足りなかったのかも知れない。僕は新たなる刺激を求め、野に下った。そして孤高の一匹狼となり、悪を征する探偵となったのだ。
話は変わるが、僕は親の脛をかじる類の連中とは違う。アルバイトをして生計を立てているのだ。探偵がアルバイトなんておかしい? 冗談はやめてくれ。探偵稼業は素人が思う程良いもんじゃない。生きる為には優しさと、ほんのちょっぴりの稼ぎが必要なのだ。
原付で大学とは逆方向に十五分程行くと、ファミリーレストラン『ファミリーズ・キッチン』はあった。入学後すぐにバイト募集の冊子を見て、面接に行った。そこの店長がーーなんともまあ奇遇なことにーー探偵モノの小説や映画が好きだという事もあり、めでたく即日採用となった次第だ。なにより運が良かったのは、僕が通う青桐大学の生徒が一人もいない、という点だ。あまり気を遣う事なく、仕事が出来る。
はずだった。
僕はそこで神を心底恨んだ。何故神は僕に平穏を許さないのか。見つかってしまったのだ。玩具を見つけた赤ん坊のように僕を見る人間に。文字通り僕、鴨志田周郎は良いカモだった。
「カモシー、カモーン」
あらかじめ断っておくが、奴、もとい彼女は海を渡ってやって来た訳ではない。れっきとしたジャパニーズである。それに『カモシー』などと訳の分からないあだ名で僕を呼ぶのも彼女だけだ。
「なんですか、小沢さん」
小沢さんは切れ長の目で僕を好奇の眼差しで見つめ返してくる。本来ならば、これはご褒美であろう。小沢涼花は見紛う事なき美人である。東洋系の、オリエンタルな雰囲気を醸し出す目鼻立ち。シュッと締まった輪郭。身長は百七十センチに近いくらいの、女性にしては長身。残念な事に胸はないが、スリムで良いスタイルと言える。最初に話しかけられた時は、遂に僕にも恋の季節がやって来たのだ、と密かに淡い思いを胸に抱いていた事は言うまでもない。
「この前貸したDVD見た?」
ふと時計を見やる。この時間休憩室にいるという事はこれから出勤のようだ。彼女はスマートフォンを器用に指で弄りながら素っ気なく尋ねてきた。
「ええ、まあ…」
こんな美人と会話をしているなんて、周りに男がいれば羨望の眼差しを受けるに違いない。しかし僕は、出来る事なら羨望の眼差しを送る男の中の誰かーー本当に誰でもいいーーと変わってやりたい。
僕が返事をしてからしばらく、彼女は無言である。感想を求めているのだ。以前から見たくもないアニメを押し付けてきては『数日中に見て感想を聞かせろ』などと脅迫じみた行為をいとも容易く行う。えげつない。
「…僕としては『ミントグリーンのユキ』が好みですね」
ガタ、と音を立てて小沢さんが立ち上がる。手に持っていたスマートフォンを机に置いて。
「やっぱアンタ分かってるねー! 『ミントグリーンのユキ』ちゃんの良さが分かるとは! この前アッコなんかさー『王道のローズレッドが一番よ!』なんて言ってさ、分かってないよね! 第一…」
ここから先、僕が口を挟む余地はない。ただ一方的に小沢さんが自分の好きなアニメについて講釈を垂れるだけだ。初めは熱心に相槌を打ち、小沢さんとお近付きになりたいと鼻の下を伸ばしていたが、いざ近付くとそこからはもう逃げ出せない。体良く話を聞く子分扱いになってしまった。ちなみに、彼女がよく話に出す『アッコ』という人物は、小沢さんが通う都内の美大の友達だという。話を聞いている限りでは、小沢さんと好みが合っていないが、必ずアニメの話になると毎回登場する謎多き人物だ。
「お、マーロウ君。お疲れ。今日もアニメの話かい?」
小沢さんの機嫌を損ねない程度にお疲れ様です、と返事をする。僕の事をマーロウ君と呼んだのは、先程も少し話に出た、店長だ。仲がいいねえ、などと余計な事を言わなければ最高の理解者なんだが。何故彼が僕をマーロウ君と呼ぶかは、簡単な理由がある。
僕の名は周郎と書いて『しゅうろう』と読む。店長は『周』の字を『まわ』とわざと読み、僕を『マワロウ』と呼んだのだ。その響きが、かの有名な名探偵フィリップ・マーロウの響きに似ていたので、それ以降店長は僕をマーロウ君と、呼ぶようになった。
「あ、店長。お疲れーす」
店のトップである店長に対しこの口の聞き方である。しかし店長は気にした素振りもなく『お疲れ涼花ちゃん』と返していた。ナイスガイである。
「あ、もうこんな時間じゃん。さてタイムカード押して、はぁ…仕事だぁ…」
「始まる前から溜息つかないで下さいよ」
どうもこの人といると調子が狂う。僕は無頼の一匹狼、探偵のはずだが、彼女といる時はまるで舎弟のようになってしまう。この人物は危険だ。
探偵がどれだけスリリングな毎日を過ごしているか、分かって頂ければ幸いである。




