Ⅳ.
僕は鴨志田周郎。青桐大学に通う大学二年生にして、探偵だ。青桐大学は僕の庭。ここで起きる全ての事件は僕の為にある。そんなスリルと享楽がミックスしたこのアブない大学で、今日もまた僕の力を求めてか弱いレディーが泣き縋る。その涙一粒は、僕にとって『偉大なアフリカの星』の異名を持つカリナン・ダイヤモンドに等しい価値がある。
またひとつ、レディーの憂鬱な悩みを解決し、僕は報酬のビスケットを頂戴した。芳醇なハニーの香りがするビスケットに、チョコがコーティングされたもの。見慣れた世界一高名なネズミのプリントが施されたアルミの缶。僕はいつもの『ほうれん草』の下に腰掛け、依頼人が笑顔で去った後、しばらくマジシャンがコインを弄ぶかのような動きでその缶を手の中で回した。
「よう、名探偵」
白地に薄緑でインディアンが描かれたTシャツを着た根岸が、森ガール系の服を着、ふわふわした印象を受けた彼女と入れ替わるようにして椅子に腰掛ける。
「今回の報酬は…お! これはこれは」
わざとらしく感嘆の声をあげ、さして珍しくもないその缶を僕の手から取り上げて、物珍しそうに見回す。
「俺の推理は的中したみたいだな」
いや。僕は嬉しそうに話す彼の目の前に人差し指を立て、左右に軽く揺らした。キレ者の探偵がする、アマいね、という仕草だ。
「今回依頼人は二人の人物の名を僕に預けた。一人目は、そう。依頼人本人である奥田愛。そしてもう一人はその友人と思われる佐々木陽菜」
ジャケットの内ポケットから手帳を取り出し、以前残したメモを根岸に見せつけながら説明を続ける。
「根岸くん、この二つの名を見て気付く事はないかね?」
「汚い字だな」
「いやそうじゃなくて」
「こっちにはおくだあいって書いてあるぞ」
「それで『めぐみ』と読むらしい」
僕は三流のコントをして失笑を誘発する漫才師ではない。探偵だ。咳払いをしてなおも続ける。
「この二つの名は両方とも女性の名だ。つまり、この事が何を表しているか分かるかい?」
んー、と唸りながら面倒くさそうに根岸は考える振りをする。僕は微笑んだ。
「夢の国へはこの二人で行ったのさ! そう、だから彼氏といちゃいちゃしていたなどというのは幻想に過ぎない!」
そう。あんなに可愛らしい笑顔で僕と話してくれる女の子が、サイドをバリカンで刈り上げてジェルで髪をまとめた様な流行に流される男となんぞ付き合うはずがあるか。彼女はきっと、可愛らしいキャラクターが好きな友達同士で夢の国へ夢を見に行ったのだ。
僕の名推理をふーん、と関心を示さずにいる憎たらしい男がまたも缶を弄んでいる。でもさ。彼がそう言ったのはさほど時間が経っていない頃の事だった。
「ダブルデートの可能性もあるんじゃね?」
ポツリと彼が呟いた。周りからは男子と女子が混じったグループが下品な笑い声をあげながらマジー、とかアリエナーイ、とかうるさい犬の様に鳴いている。わんわん。心の中で僕は吠えてしまった。
「……そのパターンかぁ」
かぁ、の余韻を大いに残し、僕はあーあー言いながら机に突っ伏した。まあそう落ち込むなよ、とクッキーをもしゃもしゃと咀嚼し、根岸が僕の肩を叩きながら言う。なんとも優しい奴だ。
報酬のクッキーを勝手に食べている事を除けば。




