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剣術名家を追放された少年、謎スキル《フルオート》で眠りながら強くなる  作者: 遠野しじま
第1章 追放された少年の居場所

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第4話 一歩ぶんの稽古

 レオンは片足を引き、そこで止まった。


 床に置いた木片が、少し遠くなっている。木剣を構えたまま元の位置へ戻り、もう一度、同じ足を引いた。


 今度は、後ろの踵を踏んでしまった。


「……これじゃ、転ぶ」


 犬に近づかれたときも、足がもつれかけた。剣を振る練習は毎日していたのに、下がりながら構えるだけで、こんなに難しい。


 レオンは木剣を床に置いた。


 まず、足だけでやってみる。歩くときのように足を交差させず、後ろの足を引き、前の足を寄せる。広がりすぎた歩幅を直しながら、何度か繰り返した。


 剣技場(けんぎじょう)では、家庭教師に足の位置を直されることがあった。


 そのときは、早く剣を振りたかった。どうして同じ立ち方ばかり確かめるのだろうと、思ったことさえある。


 今なら、少し分かった。


 足元が崩れると、剣を相手へ向けておくこともできなくなるのだ。


 ようやく踵をぶつけずに下がれたところで、レオンは光の板を呼び出した。


『一歩下がる』


 文字が浮かぶ。


 身体が後ろへ動いた。


「できた」


 そう言った直後、もう一歩、下がった。


 さらに一歩。


「待っ――」


 レオンは慌てて文字を消した。背中のすぐ後ろに、廃屋の壁があった。


 振り返り、壁を見上げる。眠ったまま続けていたら、すぐにぶつかっていた。


「同じところに戻らないと、続けられないんだ」


 木剣の素振りは、振り下ろせば元の構えへ戻っていた。けれど、一歩下がった身体は、下がった場所に残る。


 レオンは光の板を見つめた。


 細い線は、一本だけだ。


 下がる動きのあとに、別の動きを書き足せないか試してみた。けれど、二本目の線が現れることはなかった。


 文字を消し、床に座り込む。


 やりたいことが見つかっても、すぐにできるわけではないらしい。


     *


 翌朝、レオンはいつもの家へ向かった。


 結局、昨夜も眠っている間は木剣を振った。足の動きは、今朝、自分で少し練習しただけだ。


 家の裏では、白髪の男が薪を束ねていた。


「おはようございます」


「おう。よく眠れたか」


「はい」


 答えてから、レオンは男の顔を見た。


「あの。お名前を、聞いてもいいですか」


 毎日世話になっているのに、まだ知らなかった。


 男は縄を引く手を止めた。


「ガルドだ」


「僕は、レオンです」


「そうか。じゃあレオン、今日はこいつを運んでくれ」


 ガルドは束ねた薪を軽くたたいた。


 呼ばれた名前が、少しくすぐったかった。


 薪を持ち上げ、軒下へ運ぶ。重さを支えようとして、自然と足が開いた。狭く立ったまま持ち上げたときより、身体がぐらつかない。


 レオンは足元を見た。


「どうした」


「いえ……持ちやすい立ち方が、あるんだなって」


「そりゃある。足をそろえて重いものを持てば、ひっくり返るぞ」


 ガルドは次の束に縄をかけた。


 レオンはもう一度、足を開いて持ち上げた。腕だけで頑張るよりも、ずっと楽だった。


 薪を置いて戻る途中、昨日の犬が出た道へ目を向ける。


 ガルドも、その視線を追った。


「今朝は見かけなかった。だが、しばらくあの辺りへひとりで行くなよ」


「はい」


 レオンはうなずいた。


 犬の姿がないことを確かめてから、次の薪を取りに戻った。


     *


 仕事が終わると、ガルドが小さな麻袋を持ってきた。


「持って帰れ」


 中には、夕食のパンと一緒に、小さな銅貨(どうか)が二枚入っていた。


「お金……?」


「昨日と今日のぶんだ。飯だけじゃ、入り用のものも買えんだろう」


 レオンは銅貨をつまみ上げた。


 家にいたころ、買い物は使用人がしていた。代金を払うところを見たことはあっても、自分で働いて受け取ったことはない。


「いいんですか」


「働いたろうが」


 ガルドはそれだけ言って、空になった籠を片づけ始めた。


 レオンは銅貨を麻袋へ戻した。落とさないよう口を結び、着替えの袋の奥へしまう。


「ありがとうございます。明日も来ます」


「斧を拭いてから帰れよ」


「はい!」


 レオンは布を取りに走った。


     *


 廃屋へ戻ると、まず床の木片を拾った。


 昨夜、一歩下がるだけでは、壁にぶつかると分かった。だからといって、足の稽古を諦めるつもりはなかった。


 レオンは床に二つ、木片を置いた。


 ひとつは最初に立つ場所。もうひとつは、一歩下がった場所だ。


 木剣を持たず、二つの印の間を動いてみる。


 下がる。戻る。


 もう一度、下がる。戻る。


 何度か繰り返すと、戻るときの足が引っかかった。足元を見すぎて、身体まで前へ倒れていた。


 顔を上げ、歩幅を少し狭くする。


 下がる。戻る。


 今度は、同じところへ戻れた。


 レオンは光の板を呼び出した。


『一歩下がって元の位置に戻る』


 線の上に、文字が浮かんだ。


 息を止めて待つ。


 後ろの足が動いた。前の足がそれに続く。身体が下がり、今度は前へ動き出した。


 両足が、最初の木片のそばへ戻る。


 そのまま、もう一度、身体が下がった。


「……できた!」


 レオンは文字を消した。


 線が二本なくても、今の動きをまとめて思い浮かべればよかったのだ。


 ただ、喜んですぐに眠る気にはなれなかった。何度も繰り返したら、少しずつ場所がずれるかもしれない。


 床の木片を見ながら、もう一度動かす。


 十回。二十回。


 靴の位置は、同じところへ戻っていた。


 それを確かめてから木剣を手に取り、構えた状態でも試した。腕の高さが揺れて、剣先が下がる。いったん止め、握り方を直す。


 今度は、ゆっくり。


 下がっても、戻っても、正面へ剣先を向けておく。


 納得するまでには、日が沈むころまでかかった。


     *


 パンを食べ終えると、レオンは廃屋の中央に立った。


 壁までの距離を確かめ、足元の木片を脇へよける。何も踏まずに動けることを確かめてから、木剣を構えた。


 今夜は、素振りをしない。


 光の板に文字を残すと、身体がゆっくりと動き始めた。


 一歩下がり、元へ戻る。


 剣を振っていたときより、ずっと地味な動きだった。風切り音も鳴らない。暗い廃屋に、靴底が床をこする音だけが続いた。


 レオンは正面を見つめた。


 昨日は、下がった先に荷車があった。そこで動けなくなった。今度、同じことがあったら、どうすればいいのだろう。


 まだ、分からなかった。


 それでも、踵を踏まずに一歩下がれるようにはなった。


 レオンは木剣を握り直した。


 次に怖い思いをしたとき、この一歩を使えるように。


 床をこする音を聞きながら、ゆっくりと目を閉じた。

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