↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣術名家を追放された少年、謎スキル《フルオート》で眠りながら強くなる  作者: 遠野しじま
第1章 追放された少年の居場所

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/34

第3話 素振りでは届かない

 翌朝、レオンは木剣を振る音で目を覚ました。


 光の板から文字を消し、腕を止める。昨夜より軽く振れる気がしたが、握っている木剣の重さは変わらない。両手で構え直し、自分で一度、振り下ろした。


 剣先が、思ったところを通った。


 もう一度振っても、同じだった。


「……よし」


 レオンは木剣を袋にくくりつけた。昨日の男を待たせないよう、早足で集落へ向かった。


     *


「おはようございます!」


 家の裏へ回ると、男はすでに丸太を運び出していた。


「早いな。先に飯を食っていけ」


 差し出されたパンを見て、レオンは足を止めた。


「まだ、何もしてません」


「腹が減ったまま斧を振られちゃ、こっちが落ち着かん」


 男はそう言って、牛乳の入った器も置いた。


 レオンは両手でパンを受け取った。昨日よりもゆっくり食べるつもりだったのに、気づくと最後のひと口をのみ込んでいた。


 仕事は昨日と同じだった。


 割られた薪を運び、細い丸太を斧で割る。節(ふし)のあるものは男に任せた。フルオートで斧を振り下ろし、割れたら止める。次の丸太を立てて、また動かす。


 途中で男が、切り株のそばにしゃがんだ。


「少し待て」


 レオンは文字を消した。男は割れ残った木片を拾い、脇へよける。


「よし、いいぞ」


 その声を待ってから、レオンは斧を上げた。


 ひとりで剣を振っているときとは違う。周りを見ながら使わなければならない。光の板にばかり目を向けないよう、レオンは男の立つ場所も確かめた。


 昼過ぎには、運び出された丸太がすべて薪になった。


「今日はここまでだな」


 男が腰を伸ばした。


 レオンは斧を返し、袋を取りに戻った。まだ日は高い。廃屋に帰れば、夕方まで稽古ができる。


「お前、剣を習っていたのか」


 袋にくくりつけた木剣を見て、男が尋ねた。


「はい。少しだけ」


「いつも持ってるからな。大事なものなんだろう」


 レオンは木剣の柄に触れた。


 家にいたころ、何年も使ったものだ。握る部分だけ色が濃くなり、指に沿って角がすり減っている。


「……これしか、持ってこられなかったので」


 男はしばらく黙っていた。それから家の中へ入り、小さな包みを持ってきた。


「夕飯だ。明日も頼む」


「ありがとうございます」


 レオンは頭を下げた。


 何も聞かれなかったことに、少しだけほっとした。


     *


 集落を出たところで、細い鳴き声が聞こえた。


 街道脇に、小さな荷車が止まっている。その車輪の陰で、レオンより幼い女の子が身を縮めていた。


 その前に、犬がいた。


 大きな灰色の犬だった。毛がところどころ抜け、腹が細くくぼんでいる。低く唸(うな)りながら、女の子の手元を見ていた。


 女の子は、布に包んだパンを胸に抱えている。


「動かないで」


 レオンの声に、女の子が顔を上げた。


 犬も振り向く。むき出しになった歯を見て、レオンの足が止まった。


 剣技場で犬を相手にしたことはない。木剣を向けられたことならあったが、その相手は、こちらが転べば待ってくれる大人だった。


 犬は待ってくれそうになかった。


 レオンは袋を下ろし、木剣をほどいた。


「こっちへ来て。ゆっくり」


 女の子が一歩動いた。犬がそちらへ首を向ける。


 レオンは慌てて前に出た。


「こっちだ!」


 声を張ると、犬が低く身をかがめた。


 木剣を握る手に汗がにじむ。


 毎晩、何千回も振っている。昨日も今朝も、まっすぐ振れた。それを思い出し、光の板を呼び出した。


『木剣を振る』


 腕が上がった。


 犬が横へ動く。


 振り下ろされた木剣は、何もないところを通った。


「あっ……!」


 腕が戻り、次の一振りに入ろうとする。その間にも犬は動いていた。正面にいたはずの灰色の身体が、右側へ回り込んでくる。


 レオンは文字を消した。


 木剣を引き戻し、犬へ向き直る。靴の裏が小石に滑り、危うく尻もちをつきかけた。


 剣先を向けるだけで精いっぱいだった。


 振る場所に、相手がいてくれるわけではない。


「お兄ちゃん……」


 背中のすぐ後ろで、女の子の声がした。


 レオンは振り返らず、片足を引いた。女の子を背にかばいながら、もう一歩、下がる。


 犬が近づいてくる。


 その足元を見ていると、歯が見えなくなった。顔を見ると、今度は足の動きが分からない。どこを見ればいいのかさえ、レオンには分からなかった。


 背中が荷車に触れた。


 これ以上は下がれない。


 レオンは木剣を両手で握り、剣先を犬へ突き出した。犬が鼻先を引く。近づけば木剣に触れる距離だった。


「来るな……!」


 声が震えた。


 犬が左へ寄る。レオンも剣先を左へ動かす。右へ回ろうとすれば、そちらへ向けた。


 大きく振って外せば、また隙ができる。今は、近づけないようにするしかなかった。


「何をしとる!」


 突然、怒鳴り声が響いた。


 薪割りの男が、棒を手に走ってきた。地面を強くたたく音に、犬がびくりと跳ねる。男がもう一度声を張ると、犬は身をひるがえし、道脇の茂みへ逃げ込んだ。


 草の揺れる音が遠ざかっていく。


 見えなくなってからも、レオンは木剣を下ろせなかった。


「もう大丈夫だ」


 肩に手が置かれた。


 レオンはそこで初めて、自分が息を止めていたことに気づいた。


     *


 女の子は、近くの畑にいた母親へ引き渡された。


 何度も礼を言われたが、レオンはうまく返事ができなかった。男が来なければ、どうなっていたか分からない。


 道端に置いた袋を拾うと、指がまだ震えていた。


「怪我はないな」


「……はい」


「助かったよ。あの子がひとりでいるのに、気づかなかった」


 男の言葉に、レオンは首を横に振った。


「僕、追い払えませんでした」


「噛まれずに済んだ。それで十分だ」


 レオンは木剣を見下ろした。


 きれいに振れるようになった。それがうれしかった。昨日より強くなったつもりでいた。


 けれど、犬が少し横へ動いただけで、剣は当たらなかった。


「……剣を振るだけじゃ、駄目なんですね」


 男は答えず、レオンが木剣を袋へ戻すのを待っていた。


     *


 廃屋へ帰ってから、レオンは床に小さな木片を置いた。


 それを相手に見立て、木剣を構える。正面から一度振り、立つ場所を変えてもう一度振った。


 足が近すぎると、腕が窮屈になる。遠すぎると、剣先が届かない。


 木片は動かない。それでも、場所を変えただけで振りにくくなった。


 何度か繰り返すと、息が弾んだ。フルオートを使わずに動いた脚が重くなってくる。


 レオンは腰を下ろし、膝を抱えた。


 犬の歯を思い出すと、まだ怖かった。あのとき、背中で聞こえた女の子の声も、耳に残っている。


 しばらく休んでから、レオンは立ち上がった。


 木剣を構え、片足を引く。足元がもつれないよう、ゆっくりと元へ戻す。


 もう一度、足を引いた。


 今夜、眠っている間に繰り返す動きを決めるまで、レオンは何度も自分の足元を確かめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。