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剣術名家を追放された少年、謎スキル《フルオート》で眠りながら強くなる  作者: 遠野しじま
第4章 繰り返す剣、選び取る一歩

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第35話 頼まれた行き先

 宿屋の裏口に、空の籠が二つ置かれた。


 一つはかまどの近くへ、もう一つは物置へ運ぶ薪を入れるためだった。


「細いのは、こっちへ頼む。太いのは、まだ物置に余裕がある」


 主人が二つの籠を指し、食堂へ戻っていく。


 レオンは持ってきた薪の束をほどいた。


 トーマとの稽古で構えを選ぶ実験をしてから、数日がたっていた。昼寝の稽古は続けているが、条件分岐を使うのは、まだ目を開けて試すときだけだった。


 細い薪を手に取ったところで、主人が戻ってきた。


「すまん。先に、かまどへ一籠持ってきてくれないか。残りは後でいい」


「はい」


 レオンは入れかけた薪を戻し、かまど用の籠へ入れ直した。


     *


 頼まれた順番は、仕事の途中でも変わる。


 レオンは食堂へ薪を届け、裏口へ戻りながら考えた。


 フルオートに任せるとしたら、二つの行き先を順に並べるだけでは足りない。今どちらへ運ぶのかを、先に決める必要がある。


 光の板に残す言葉が、そのために使えそうだった。


 残りの仕事を済ませてから、主人に空の籠を借りた。


 裏庭の台から、少し離れた二つの場所へ運ぶ。一つは壁際、もう一つは柱の脇。どちらへも自分で歩いて、同じ台へ戻ってきた。


 壁や柱のすぐそばを通らずに済む道を選び、足の運びを確かめる。


 それから、光の板を開いた。


『var 行き先』

『行き先="壁際"』

『台の籠を持つ』

『if 行き先=="壁際":』

『 壁際へ籠を運んで置く』

『elif 行き先=="柱の脇":』

『 柱の脇へ籠を運んで置く』

『else:』

『 台に籠を戻す』


 ひとまず、運ぶところまでにした。


 名前の横へ残す言葉は、レオン自身が決める。これだけで主人の頼みを聞き取り、行き先を書き換えてくれるわけではない。


     *


 フルオートを動かすと、籠を持った身体が壁際へ進んだ。


 置き終わったところで、自分で止める。


 次に『柱の脇』へ言葉を変え、籠を台へ戻してから動かした。


 身体は、別の場所へ向かった。


「それで、毎回書き直してるのか」


 庭へ来たトーマが、柱の脇の籠を見た。


「行き先の言葉だけ。歩くところは、同じのを残してある」


「壁まで行くのも、柱まで行くのも、覚えてるから?」


「うん。知らない家には、このままじゃ運べない」


 トーマは空の台を見てから、籠を持ってきてくれた。


「じゃあ、叔父さんが途中で違う方って言ったら?」


 レオンは顔を上げた。


「止めて、聞き直すと思う」


 そう答えると、トーマはうなずいた。


 今のフルオートは、頼まれた言葉を聞いて、仕事の段取りまで変えてくれるものではない。


     *


 試しに行き先を『かまど』へ変えた。


 籠を持った手は、そのまま台へ戻った。


 書いた二つの言葉の、どちらにも合わなかったからだ。


 レオンは止めて、文字を見た。


 さっき薪を運んだ場所なら、歩いていける。それでも、ここにはかまどへ行く動作を書いていない。


 行き先の名前を入れただけで、道まで出来上がるわけではなかった。


「何でも書けばいいんじゃ、ないんだな」


 トーマが言った。


「書いた言葉と、動くところを合わせないと」


 レオンは籠を返した。


 運び終えた後に台へ戻る動きも加えられる。だが、その間に台の籠がなくなったら、何も持たずに同じ道を歩こうとするだろう。


 全部をつなぐ前に、試すことがまだ残っていた。


 それでも、行き先を変えるたびに歩く動きを全部書き直す必要はなかった。覚えた二つの道なら、最初に置く言葉だけで選べる。


 レオンは板を閉じる前に、壁際と柱の脇をもう一度見た。今度は中身のある籠でも確かめたい。空の籠と同じように持てるとは限らないから、先に自分で運んでみるつもりだった。


 トーマが籠を抱え、裏口へ歩いていく。その後ろへついていきながら、レオンは次に試す順番を考えた。


     *


 翌朝、主人から同じ薪の仕事を頼まれた。


 レオンは、まず行き先と順番を聞き直した。


「今日は太い方を先に物置へ。その後、細いのをかまどだ」


 レオンは太い薪を籠に入れ、自分で運んだ。


 実際の裏口には、人が出入りする。試した台と壁の間の道と、同じではない。今朝は水桶も置かれていた。


 かまどへ届けたところで、主人が手を止めた。


「運ぶの、ずいぶん楽そうになったな」


「そうですか?」


「前は、そこで一度下ろしてただろう」


 示された戸口を振り返る。


 たしかに、籠を置き直し、持ち手を握り直していたことがある。今朝も重くはあったが、そこまで下ろさずに来られた。


 レオンは、自分の腕を見た。


 木剣を振り、足を運び、眠っている間にも身体を動かしてきた。


 その積み重ねは、光の板を使わずに運ぶときにも残っていた。


     *


 空の籠を持って裏口へ出ると、荷車が一台止まっていた。


 荷を結んだ縄の向こうに、見覚えのある剣の鞘が見えた。


「今日は、よく働いてるところに会うな」


 顔を上げたレオンは、思わず籠を持ち直した。


「ロルフさん!」


 護衛は荷車の脇から離れずに、片手を上げた。


「その籠、先に返してこい。こっちも、まだ荷を下ろしてるところだ」


 レオンは返事をして、裏口へ走りかけた。


 水桶を思い出し、歩みに戻る。


 振り返ると、ロルフは荷主と、次に運び込む荷袋の話をしていた。


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