第36話 護衛が離れない場所
ロルフは、荷車の脇で縄を解いていた。
レオンが空の籠を返して戻ると、荷主の男が荷袋を指さす。
「軽い方から、中へ頼む」
受け取った袋を抱え、レオンは宿屋へ運んだ。中身は乾いた豆だという。食堂の隅へ置いて外へ戻ると、ロルフはまだ同じところにいた。
「ロルフさんは、運ばないんですか」
「荷主が中へ入ったら、ここを見る者がいなくなるからな」
荷台には、包みが幾つも残っている。
レオンは次の袋へ手を伸ばしかけ、その向こうの通りを見た。
村の人が行き来している。今にも誰かが荷を取るようには見えなかった。
それでも、ロルフは荷車から離れなかった。
*
荷下ろしが済むと、ロルフはようやく腰を下ろした。
荷主と主人が食堂で話す間、裏口の長椅子で水を飲む。
「今回も、一晩ですか」
「明日の朝には出る。次は川沿いを回る予定だ」
レオンは隣へ座り、木剣の柄を両手で挟んだ。
新しい一本を見せると、ロルフは剣先まで目を通した。
「前のは、だいぶ使ってたからな」
「傷が入ったので。自分で買いました」
「そうか」
ロルフは木剣を返し、レオンの顔を見た。
「振りたそうだな」
レオンは、うなずいてから少し迷った。
「でも、今もお仕事ですよね」
「荷の確認が終われば、少し時間はある。先に飯を食わせてくれ」
*
午後、トーマも庭へ来た。
ロルフに見てもらいながら、二人で木剣を合わせる。
レオンはフルオートを使わず、トーマの踏み込みを見た。最初の剣を受け、横へ動く相手に向き直る。
二度目は間に合った。
だが、押し返そうとしたところで剣先が外れ、肩に触れられた。
「次は、レオンから」
ロルフに言われ、離れて構え直す。
踏み込むと、トーマが下がった。追いかける。もう一歩下がる相手へ剣を伸ばすと、脇を抜けられた。
振り返ったレオンは、息を吐いた。
「追うと、足が遅れます」
「追わされたな」
ロルフが言った。
*
少し休んだ後、ロルフは庭の端から空の籠を持ってきた。
レオンの後ろへ置く。
「今度は、トーマがこれに触ったら終わりにしてみるか」
トーマが籠を見た。
「レオンに当てなくてもいいんですか」
「ああ。レオンは、いつも通り袖へ触れれば一本。だが、籠も見ておけ」
レオンは後ろを確かめ、トーマへ向き直った。
相手が近づいてくる。木剣を合わせると、トーマはすぐに下がった。
レオンは踏み込んだ。
その瞬間、トーマが大きく横へ動く。
追い直す前に、相手の手が籠へ伸びた。
「終わりだな」
ロルフの声に、レオンは剣先を下ろした。
*
「荷を見てろって言われたのに、離れました」
「二つとも気にすると、難しいだろう」
ロルフは籠を元の場所へ戻した。
「剣を当てればそれで済む仕事ばかりじゃない。俺が相手を追い回してる間に、荷主や荷を取られたら困る」
午前中、荷車から離れなかった姿を思い出した。
運ぶ手が足りなくても、そこに残る人が必要だった。
「じゃあ、ずっと前に立っていれば……」
「それも、試してみろ」
レオンは籠のそばに立った。
トーマが右へ回ると、そちらへ向き直る。次は左。足を動かしているうちに、籠との間が詰まりすぎた。
下がろうとして、踵が籠へ触れる。
レオンは止まり、足元を見た。
「これじゃ、僕が蹴ってしまいます」
「そこに置いてあると知ってても、剣を見ると忘れるな」
ロルフはうなずいた。
*
少し前へ出て、やり直した。
トーマが下がっても、今度はすぐに追わない。
横へ回れば、籠と相手の間へ小さく動く。いつもの向き直る足運びだったが、立ちたいところが違っていた。
袖を狙える距離でも、踏み込みすぎれば後ろが空く。
レオンは一度、剣を伸ばすのをやめた。
トーマは回り込めず、足を止めた。
「そう。今、追わなかったのはよかった」
ロルフが言う。
ほっとしたところへ、トーマの木剣が来た。肩に触れられ、レオンは苦笑した。
籠は守れても、剣まで受けられたわけではなかった。
次は二人の役を替えた。レオンが籠を狙い、トーマが前に立つ。
相手が動いてくれないと、横へ抜けるのも簡単ではなかった。木剣を上げてみるが、トーマは少し構えを変えるだけで、そこから離れない。
踏み込んだところで袖に触れられ、レオンは止まった。自分が守るときに難しかった位置は、相手に立たれると通りにくい位置でもあった。
ロルフは二人を見て、もう一度役を戻すように言った。
*
稽古を終えると、レオンは籠を元の場所へ返した。
トーマは食堂の手伝いへ戻り、ロルフも荷主と明日の出発の話を始めた。
レオンは木剣を拭きながら、庭を見た。
角兎が来たときにも、相手を追いかけたかったわけではない。後ろにいたミナたちを、家へ入れる時間が欲しかった。
あのときは、考える余裕も少なかった。
今日は空の籠を置いただけで、いつもの稽古とは違う失敗をした。
眠る間に足を動かすことはできる。だが、どこに立つべきかを確かめるには、目の前で動く相手と、後ろに置いたものが必要だった。
レオンは剣先を下ろし、籠があったところへ立った。
そこから少し前へ出て、右へ向き直る。
明日のトーマとの稽古でも、もう一度試したいと思った。




