第34話 決めた構えの、その先
「高いのと低いの、どっちかだけな」
トーマは木剣を持ち、庭の真ん中に立った。
変数を試した翌日だった。レオンは相手の剣先から離れたところで、自分の木剣を構える。
今日はフルオートで、構えを選ぶところを試す。
打ち合う前に、まずトーマが止まった姿勢からだった。
「途中では変えないでね」
「分かってる。俺も、ゆっくりやる」
トーマは木剣を肩の上へ持ち上げた。
*
レオンは光の板を見直した。
『if トーマが木剣を高く構えている:』
『 木剣を高い位置で斜めに構える』
『elif トーマが木剣を低く構えている:』
『 木剣を低い位置で斜めに構える』
『else:』
『 正面に木剣を構える』
『正面の構えへ戻る』
どれも、自分で繰り返し確かめた動きだった。
上から来る剣を斜めに受ける構え。低いところへ合わせる構え。どちらでもないときに戻る、いつもの構え。
新しい技を使わせるのではない。
知っている動きの中から、書いた条件で選ぶ。
動かすと、レオンの木剣が高い方へ上がった。
正面へ戻り、また上がる。
レオンは自分で止め、トーマに低く持ち直してもらった。もう一度動かすと、今度は低い方へ剣が動いた。
「ちゃんと、変わってるな」
トーマが言った。
レオンも、少し口元を緩めた。
*
次は、触れるところまで合わせた。
トーマは高い位置で待ち、レオンの構えが上がるのを見てから、ゆっくり木剣を下ろす。
乾いた音がした。
レオンは、すぐにフルオートを止めた。
押し合いになる前に、二人とも木剣を離す。
「受ける場所には、動くな」
「でも、今のは僕が動くまで待ってくれたから」
レオンは手元を見た。
構えを上げるところまでは書いてある。剣を合わせた後、トーマがどちらへ押すかまでは分からない。
次は低い位置から、同じように試す。
触れた後に自分で止めて、離れる。何度か確かめるうち、レオンは肘を上げすぎていることに気づいた。
止まったまま自分で直し、もう一度その動きを残した。
*
「途中で変えてみてもいいか」
トーマが言った。
レオンはうなずきかけてから、少し離れた。
「打たないで、構えだけ変えて」
「ああ」
高いところから始める。
レオンの木剣が上がり始めると、トーマは自分の剣先を低くした。
レオンの腕は、そのまま上がった。
正面へ戻り、次の条件を確かめたところで、低い構えへ向かう。
昨日の布と同じだった。
「今、打ってたら、ここが空いてた」
トーマは近づかずに、木剣で低い位置を示した。
レオンは止めた。
相手に合わせて動けたところを見たときには、もう少しできるような気がした。
けれど、トーマが少し変えただけで、そのつもりは崩れた。
「構えてるのと、打ってくるのも違うね」
「俺、高いところに持ってても、下を狙うことあるぞ」
レオンはうなずいた。自分も相手の足元を見て、途中で狙いを変えようとする。
構えの高さだけを見て、剣が来る場所まで決めることはできなかった。
試しに、トーマに正面の構えも取ってもらった。高くも低くも構えていないので、レオンの身体は最後の『else:』の下へ進んだ。
自分も正面に構える。何も選ばれずに困るのではなく、書いておいた三つ目の動きになる。
レオンはその位置で止め、互いの剣先を見た。ここからも、上と下の両方へ剣は動く。選べる構えが増えても、その先の相手まで決まるわけではなかった。
*
水を飲みながら、レオンは光の板を出した。
変数へ構えを残してから動かす方法も、思い浮かんだ。
だが、一度見た高い構えを残せば、トーマが低くした後も、その記録は高いままだ。
まず今の構えを見て選ぶ、この短い記述を、もっと確かめる方がよさそうだった。
レオンは文字を増やすのをやめた。
「今日は、ここまでにする」
「もう合わせないのか?」
「こっちは。普通の稽古は、まだしたい」
トーマは飲んでいた水を置き、木剣を取った。
*
今度は、自分の意思で足を動かす。
相手が高く構えても、すぐには腕を上げなかった。だが、待ちすぎると間に合わない。
トーマの肩が動く。
レオンは剣を合わせようとして、手元を狙われた。触れられたところをさすり、息を吐く。
「待ちすぎた」
「今度は、動かなさすぎ」
二人は離れ、やり直した。
次は受けられた。その次には肩を取られ、少し間を置いて合わせた一度には、レオンの剣先がトーマの袖へ届いた。
毎回同じようにはいかなかった。
それでも、相手の構えを見てすぐに決めつけていたときより、踏み込みを見ようとする時間が増えた。
終わるころには、手に汗がにじんでいた。
*
昼の荷車置き場で、レオンは木剣を拭いた。
眠る間には、高い構えと低い構えを順に練習する。動きの終わりに正面へ戻り、足の位置を崩さないことも確かめた。
トーマがいないところで、トーマの構えを確かめる条件は使わない。
レオンは光の板から実験の記述を外し、いつもの稽古へ戻した。
高い方へ動く腕に、朝の迷いはなかった。それは、次にどこへ動くかが決まっているからだった。
トーマの前でも、同じように落ち着いて動けるだろうか。
レオンは一巡を見届け、目を閉じた。
その答えは、午後にまた木剣を合わせて、確かめるつもりだった。




