第33話 光の板に残す言葉
台の上から、布がなくなった。
レオンは上げかけた手を下ろし、フルオートを止めた。昨日と同じ実験を、今朝もガルドに手伝ってもらっていた。
条件を確かめた後で布を取られても、選んだ動きは続く。
なら、動く直前にもう一度確かめればいい。
そう思って書き直しかけたところで、説明の別の項目が目に入った。
『変数』
レオンは木剣を持たない手を開いた。
条件分岐と一緒に使えるようになったものらしい。昨日は布を見て動きを変えることに気を取られ、まだ試していなかった。
「少し、待ってもらっていいですか」
ガルドは布を台へ戻した。
「俺は薪を束ねてる。分かったら呼べ」
*
変数には名前をつけ、数や言葉を入れられる。
レオンは説明にある短い記述を、まねてみた。
『var 記録』
『記録=0』
光の板に、名前と、その中に入れた値が示された。
零だった。
今度は、二行目の数字を言葉へ変える。
『記録="ある"』
同じ名前のところに、『ある』という言葉が残った。
数を入れるための名前と、言葉を入れるための名前を、別に用意する必要はないらしい。
レオンはしばらく眺め、それから庭の台を見た。
板に残した言葉と、台の上にある布。
この二つは、別のものだった。
言葉を別のものへ入れ替えても、台の布が動くわけではない。反対に、布を動かしても、入れた言葉まで変わるとは限らない。
レオンは『記録』という名前を見た。数字を置いたときも、言葉を置いたときも、名前は同じだった。中身を入れ替えて使えるから、こう呼ぶのだろうか。
全部を一度に覚えようとせず、今ある布のことで試すことにした。
*
まず、見たものを残すだけにした。
『var 記録』
『if 台に布が見える:』
『 記録="ある"』
『else:』
『 記録="ない"』
『右手を上げて下ろす』
布を見た結果で言葉を入れ替え、その後に手を動かす。
レオンはガルドを呼んだ。
「手が上がったら、布を取ってください」
「昨日と同じか?」
「今日は、見たことを残してみます」
フルオートを動かす。
『記録』の横に、『ある』という言葉が入った。右手が上がり始める。
ガルドが布を取った。
台は空になったが、板の言葉は変わらなかった。
手が下りきる前に、レオンは自分の意思で止めた。
「まだ、あるって書いてあります」
「どこにだ」
ガルドが台の周りを見た。
レオンは慌てて首を振った。光の板は、自分にしか見えない。
「僕に見える板の方です。布があったときの言葉が、残ってるんです」
ガルドは布を手にしたまま、うなずいた。
「見たときには、あったからな」
*
もう一度動かすと、次に条件を確かめたところで、『ない』に変わった。
レオンは止めてから、二つ目の条件を加えた。
『if 記録=="ある":』
『 左手を上げて下ろす』
『else:』
『 両手を前へ伸ばして戻す』
中へ言葉を入れるときの印は、一つ。
入っている言葉と同じかを確かめるときには、印を二つ並べる。説明と見比べ、間違えていないか確かめた。
今度の分かれ道が見るのは、台ではない。
その前に残した、『記録』の中身だった。
布を台に戻してもらい、動かす。
右手が上がる。ガルドが布を取る。
右手が下りた後、左手が上がった。
その間、台は空のままだった。
「さっきあった方で、動いた……」
レオンは止めて、板と台を見比べた。
目の前の物が変わっても、残した言葉まで勝手に変わるわけではない。
今の状態を確かめたいなら、また見て、中身を入れ直さなければならなかった。
ガルドに礼を言い、布を畳んだ。まだ、仕事が速くなったわけでも、剣がうまくなったわけでもない。それでも、板に残る言葉を自分で変え、その言葉で違う動きを選べたことは、昨日までできなかったことだった。
*
ガルドが仕事へ戻ると、レオンも薪の束を運んだ。
実験の間にできた束が、もう幾つも軒下へ並んでいる。
束を持ち上げると、縄の下から細い枝が一本ずれた。レオンは膝へ載せ直し、ガルドを呼んだ。
「ここ、緩んでます」
結び直してもらってから、運ぶ。
持つ前にはまとまって見えた。それでも、持ち上げれば動くことがある。
レオンは軒下へ置き、縄をもう一度見た。
光の板に言葉を残せても、目の前の薪は確かめなければならない。
それは、今までの仕事と変わらなかった。
*
午後、話を聞いたトーマは、木剣を肩の横へ上げた。
「じゃあ、俺が高く構えたって残してから、低くしたら?」
「残した方を使ったら、高いままだと思う」
「それじゃ、俺に当てられるぞ」
「うん。見直さないと」
レオンは木剣を構えた。
この打ち合いでは、フルオートを動かしていない。トーマが剣先を下げるのを、自分の目で見る。
高いところへ来るつもりで待ちすぎず、低い剣先だけにも気を取られない。
相手が踏み込んだ。
レオンは下がって木剣を合わせたが、次の一歩で横へ回られた。振り向いたときには、袖に軽く触れられていた。
「今、最初の剣を見てた」
トーマに言われ、レオンはうなずいた。
光の板に残すことはできるようになった。
だが、残したものをいつ使い、いつ見直すかは、まだ自分で考えなければならなかった。




