第30話 自分で選ぶ一本
店の壁には、長さの違う木剣が並んでいた。
レオンは、肩にかけた荷袋の紐を握った。袋の内側には、銅貨を入れた小さな麻袋がある。
ガルドと町へ来て、頼まれていた荷を下ろした帰りだった。
「稽古用かい」
奥から出てきた店主に、レオンはうなずいた。
「はい。今のが、割れかけてしまって」
「どれくらいのものを使ってた?」
レオンは手で長さを示した。それから、借りた木剣は少し重かったこと、柄も太く感じたことを伝える。
店主は壁を見上げ、二本を外した。
*
一本目は、握ると手に収まりがよかった。
前の木剣より、柄の表面が滑らかだ。
レオンは剣先を持ち上げた。先が思ったより軽く、いつもの高さまで上げようとすると、少し行きすぎる。
「振ってみな。こっちで」
店主に示された店先の空いた場所へ出る。
道を歩く人が通り過ぎるのを待ち、壁からも離れた。
ゆっくり、振り下ろす。
軽い。これなら長く持っていても楽そうだった。
二本目を借りると、手の中の重さが少し増えた。だが、宿屋で借りたものほど持て余さない。
振り下ろし、構えに戻す。
今度は、剣先が戻る場所を確かめやすかった。
レオンは二本を見比べた。
「こっちが、いいです」
「軽い方じゃなくて?」
「はい。こっちの方が、戻すときに分かりやすいので」
決める前に、もう一度一本目を持たせてもらった。軽い方が動かしやすい気もして、すぐには手放せなかったのだ。
同じ動きを二本で試してから、レオンはやはり二本目を選んだ。借りた木剣を振った経験がなければ、軽さだけで決めていたかもしれない。
店主は急かさずに待っていた。
店主はレオンから木剣を受け取り、柄から先まで布で拭いた。
「じゃあ、これだな」
値段を聞いて、レオンは麻袋を開いた。
*
銅貨を一枚ずつ、台の上へ置いた。
足りることは、来る前に確かめていた。町で買ったことのあるガルドが、おおよその値段を教えてくれたからだ。
それでも、袋はずいぶん軽くなった。
店主が枚数を数える間、レオンは残った銅貨を指で押さえた。
使わずにいれば、もう少し増えていたかもしれない。
けれど、傷んだ木剣をそのまま使い続けて、よいわけではなかった。
「毎日使うなら、たまには見せに来な。傷んだところを削れるうちに持ってくれば、手入れもしやすい」
「ありがとうございます」
木剣を受け取ると、柄の下に小さな焼き印があった。店の印だという。
レオンはそこへ親指を当てた。
自分で選び、自分のお金で買った一本だった。
*
店を出ると、ガルドが空の荷車の脇で待っていた。
「決まったか」
「はい」
見せると、ガルドは剣先へ目を向けた。
「前のやつは、どうする」
レオンは少し考えた。
もう人と打ち合うためには使えない。それでも、捨てるところまでは考えられなかった。
「納戸に置いても、いいですか。稽古には使わないので」
「自分の荷物が収まるなら構わんよ」
レオンはうなずいた。
家を追い出された日のことを、思い出さずに済むわけではない。古い木剣をしまっても、父に言われた言葉までは消えないだろう。
だが、次に持つ剣まで、あの家から渡されるのを待つ必要はなかった。
レオンは新しい木剣を布で包み、荷車へ載せた。
帰り道は、ガルドと交代で荷車を引いた。
道のくぼみを越えるたびに、布包みが荷台の上で少し動いた。レオンは途中で止まり、転がらない位置へ置き直した。ガルドは何も言わず、その間、荷車の前を持っていてくれた。
*
村に戻った翌日、レオンは宿屋で借りた木剣を返した。
主人に礼を言い、トーマと庭へ出る。
「買ってきたんだな」
「うん。でも、まだ慣れてないから」
トーマは新しい木剣を見て、少し笑った。
「昨日買ったばっかりだろ」
「だから、今日は先に振ってみる」
レオンは庭の端へ移り、自分の意思でゆっくり動いた。
振り下ろし、戻す。斜めに構え、足を下げる。右へ向き直り、また正面へ戻る。
覚えている動作でも、手に伝わる重さが変わると、止めるところが少し違う。
トーマは隣で、自分の木剣を振り始めた。
二人の剣が、それぞれ別の速さで空を切った。
何度か繰り返したところで、レオンは柄を持ち直した。手が滑ったわけではない。前の柄に合わせて、強く握りすぎていたのだ。
指を少し緩めると、戻す動きが楽になった。
*
昼の稽古には、新しい木剣で確かめた動きを残した。
光の板の線は、二十七本のままだ。
レオンは必要なところだけを書き、まず目を開けたまま動かした。
一巡する。剣先は壁に近づかず、足も元の位置へ戻ってくる。
止めて、木剣を見る。
先端から柄まで、まだ目立つ傷はなかった。
これから打ち合えば、ここにも少しずつ跡がつくだろう。眠っている間にも、何度も同じ柄を握ることになる。
レオンは表面を布で拭いてから、構え直した。
自分で買ったからといって、これを握れば強くなるわけではない。
トーマに勝てる一振りも、まだ決まっていなかった。ダリオの剣が見えなかったことも変わらない。
それでも、明日の稽古に使う剣は、今ここにある。
フルオートを動かすと、右腕がゆっくり上がった。
レオンは戻ってくる剣先を見届け、目を閉じた。




