第28話 先に動いた足
木剣を構えたトーマが、右へ回った。
レオンも足を動かし、正面を向き直る。
その間に、相手の剣先が伸びてきた。
「あっ」
受けようとした木剣は間に合わず、肩に軽く触れられた。
枝を切る仕事から三日。あれから、稽古の始めに立つ場所を変えるようにしていた。
少し近く、少し遠く。庭の真ん中だけでなく、端から始めることもある。
距離を確かめるつもりが、今度は足の向きが追いつかなかった。
「今、俺の方を向こうとしてたよな」
トーマが木剣を下げた。
「うん。斜めになったから」
「向き直るまで、待つとは限らないぞ」
レオンは、踏み出した自分の足を見た。
*
次は、向き直るのを急いだ。
トーマが横へ動くと、すぐに足を運ぶ。
相手は踏み込んでこなかった。
レオンの足が止まったところで、木剣が来た。
慌てて下がる。かかとが地面を擦り、構えが高くなった。
「今度も、こっちが動く前に足が決まったな」
トーマが言った。
「動かないと、間に合わないと思って」
「俺も、お前が下がるところは狙うよ。前より、振るだけじゃ当たらなくなったし」
レオンは顔を上げた。
トーマは、こちらの剣だけを見ているわけではない。足が止まるところも、構えが崩れるところも見ている。
自分が相手を見ようとしている間に、相手も自分を見ていた。
ロルフに教わった、動きを見てから足を出す稽古を思い出す。
だが、今日は向きも距離も変わる。前と同じ場所で待っているだけでは、剣が届く前に横へ回られてしまう。
「少し、ゆっくりでもいい?」
「いいぞ。俺も、横から合わせるのは難しいし」
二人は離れ、足元の小石を拾って庭の外へよけた。
*
トーマがゆっくり右へ動く。
レオンは小さく足を運び、剣先を相手へ向けた。
大きく踏み直したときより、足元は楽だった。次の一歩を出す余地が残っている。
相手の肩が前に出る。
レオンは下がり、木剣を合わせた。
乾いた音がした。
「今のは受けられた」
「もう一回な」
次は左。今度は足が近づきすぎた。下がろうとすると、後ろの足を自分で踏みそうになった。
そこで止め、歩き直す。
速さを落とすと、何が起きたかが分かった。
右へ向くときと、左へ向くときでは、楽に動かせる足が違う。相手を追いかけるように大きく動くと、身体が流れてしまう。
何度もやり直した。
やがてトーマが、手の甲で額を拭った。
「俺まで足の稽古になったな」
「僕だけじゃないの?」
「お前に正面を向かれたら、さっきと同じには当てられないだろ」
トーマはそう言って、今度は小さく横へ動いた。
レオンは追いすぎないように足を置いた。
*
昼の片づけが終わると、レオンは荷車置き場へ入った。
木剣は壁に立てかけたまま、光の板を出す。
今日は剣を振る前に、足の動きを確かめたかった。
右へ向きを変える。元の向きへ戻す。左へ向きを変え、また戻す。
文字を残す前に、ゆっくり自分で動く。
足を寄せすぎず、後ろへ下がれるところで止める。トーマと一緒に確かめた歩幅だった。
続けて、左右へ向き直った後に一歩下がり、元の位置へ戻る動きも並べた。
フルオートを動かすと、身体は決めた順に向きを変えた。
右、正面、左、正面。
途中でトーマが右へ来ても、この身体は左を向くだろう。相手のいる場所で選んでいるわけではない。
試しに、途中で自分の意思で止めた。左を向いたところで足が止まる。
剣を持っていたら、この向きからでも構え直せるだろうか。レオンは壁際の木剣を見て、空の手を持ち上げた。足だけを動かしたつもりでも、肩に力が入っていた。
肩を下ろし、正面へ戻る。足の動きが馴染んだら、次は剣を持って確かめようと思った。
レオンは止めたまま、後ろの壁までの距離をもう一度確かめた。
それから動かし直し、何周か足元を見た。つま先が引っかからず、同じ場所へ戻れることを確かめてから、目を閉じた。
眠る前に最後に見えたのは、置き場の入り口に差す昼の光だった。
*
午後の仕事は、宿屋へ水を運ぶことだった。
レオンは桶を置き、濡れた持ち手を拭いた。昼寝の稽古のあとでも、仕事を自分で続ければ腕は重くなる。
最後の桶を運び終えると、トーマが裏口から顔を出した。
「少しだけ、続きやるか」
レオンはうなずいた。
木剣を取り、今度は相手に立つ場所を決めてもらう。
トーマが動いた。
右へ、小さく。レオンも足を運ぶ。
すぐには打ってこない。レオンは木剣を握り直したくなるのをこらえ、相手の肩を見た。
トーマの足が止まり、剣が上がる。
木剣を合わせると、相手は横へ抜けようとした。レオンも向き直ったが、今度は一歩が遅れた。
脇に、軽い感触があった。
「一本」
トーマが離れた。
レオンは息を吐いた。朝のように、足を大きく開いて固まることはなかった。それでも、二度目の動きまでは追いきれなかった。
「最初、受けたところまではよかったよな」
「ああ。だから、もう一回動いた」
トーマは少し得意そうだった。
レオンも構え直す。こちらができるようになったことに、相手は別の動きを返してくる。
明日の昼寝で何を繰り返すか、もう決まったつもりでいた。
けれど、その前にまだ、目の前のトーマと確かめたいことがあった。
「今の、もう一度お願いします」
レオンは足の間を少し空け、剣先を上げた。




