第25話 書きすぎた稽古
「今度は、いくつ書けるんだ?」
トーマが荷車小屋の入口に立った。
「二十七行」
レオンが答えると、トーマは少し黙った。
「そんなに、練習することがあるか」
「まだ、全部は使ってない。でも、前に消した動きも入れておけると思う」
レオンは木剣を構えた。
足を出し、振り、下がる。斜めの構えを作り、正面へ戻す。
そのあとには、低い構えからの動きも残せる。
二つの線しかなかったころは、どちらを練習するか、眠る前に選んでいた。今は、その両方を書いておけるのだ。
*
レオンは、自分で覚えている動きを並べ始めた。
素振り。前後の足運び。斜めの構え。低く構えてから振る動き。
書き足すたびに、光の文字が増えていく。
トーマは入口の外で、柄の紐を巻き直していた。
「できたか?」
「もう少し」
レオンは足を見た。
右へ寄って元に戻る練習も、昨日やった。それも残しておこう。反対側へ寄る動きも忘れたくない。
書き終えて数えると、十八行になっていた。
まだ空白はある。
けれど、今のところ、思いつくのはそれで全部だった。
レオンは周りを確かめ、動かした。
*
最初の素振りは、いつもどおりだった。
前へ出て下がり、斜めに構える。木剣を下ろすと、今度は足が右へ動いた。
身体が横へ寄ったとき、剣先が大きく揺れた。
レオンは止めた。
板の文字を見る。
右へ寄る前に、構えを戻す動きを入れていなかった。足の練習をしたときは腕を下ろしていたが、今は木剣を振り終えたところから移っていた。
「今、変だったな」
トーマが言った。
「うん。足だけなら、できるんだけど」
レオンは、木剣を構え直す行を加えた。
もう一度動かす。
今度は右へ寄っても、剣先が揺れなかった。
だが、低い構えに移ったとき、片方の足が近すぎた。腕を下げる場所が狭くなり、肘が身体に当たる。
レオンはまた止めた。
どの行から直すか、すぐには決められなかった。もう一度だけ動かし、端の光を目で追う。肘が当たる直前、光っていたのは足を戻す行だった。
低く構える腕ばかり見ていたが、その前から立ち方が違っていたのだ。レオンは止めた足の位置を見下ろした。
昼寝を始めるまでに、ずいぶん時間がかかっていた。
*
「一つずつなら、うまくできるのにな」
トーマが木剣を手に、小屋へ入ってきた。
レオンは板の文字を見たまま、うなずいた。
「順番が違うと、始めるときの形も変わるんだ」
低い構えを練習したときは、両足を開いていた。横へ寄る練習では、そこまで広げていなかった。
どちらも自分でできる。
けれど、一つ終わったあとに次ができるとは、限らなかった。
「今日は、何を直したかったんだ?」
トーマに聞かれ、レオンは口を開きかけた。
足も。低い構えも。受けたあとの一振りも。
全部を言おうとして、言葉が止まった。
「……低いところへ来た剣に、肩を出さずに合わせたかった」
「じゃあ、それからやろうぜ」
トーマが低く構えた。
レオンは板の動きを止めたまま、木剣を合わせた。
*
二人で確かめてから、レオンは書いた文字を減らした。
前へ踏み込む。木剣を振る。元へ下がり、構え直す。
そのあとで低い構えを作り、そこから振る。正面へ戻し、足を引いて元の位置へ戻る。
八行だった。
動かす前に、自分の意思で最初から通してみる。
足が揃いすぎるところを直し、低い構えに入る前の膝を緩めた。そこまでできてから、光の板を動かした。
前へ出る。
木剣が下りる。
足が戻り、腕が斜めに持ち上がる。そのあと、正面を経て低い構えへ移った。
今度は肘が身体に当たらない。
「それなら、変じゃない」
トーマの声に、レオンは少し笑った。
*
目を閉じると、足と腕の動きが順番に伝わってきた。
以前より、一巡するまでが長い。
素振りの音がしてから、少し間を置き、別の振り方の音がする。
その合間には、足が地面をこすった。
レオンは、その繰り返しの中で眠った。
起きたとき、トーマはもう仕事へ戻っていた。入口の外では、主人が空の袋を畳んでいる。
レオンは動きを止め、木剣を下ろした。
自分で低く構えてみる。
肘の内側に、少し余裕ができていた。
次に、そこから振る。
剣先は前へ出て、いつもの位置へ戻った。
*
夕方、トーマが少しだけ相手をしてくれた。
最初の一振りは、低いところへ来た。
レオンは足を引き、肩を前へ出さずに合わせる。
次は高い。
さっきと同じ形を出しかけ、腕の位置を上げ直した。間に合わず、袖を触られた。
「低い方は、よくなったな」
トーマが言った。
レオンは袖を見てから、うなずいた。
「高い方まで、低く受けようとした」
「そこは、俺を見てくれよ」
トーマが笑った。
レオンも、ようやく肩の力を抜いた。
二十七行あっても、全部へ文字を埋めれば強くなるわけではない。今日、確かめたかったことを、途中で見失っていた。
明日は、高いところと低いところを、自分で見分けながら合わせよう。
眠る前に何を残すかは、それをやってから考えればいい。
レオンは板を呼び出し、今日使った八行をもう一度眺めた。残りの空白は、そのままにしておいた。




