第23話 真似できない一振り
トーマが木剣を低く構えた。
レオンはその先端を見てから、相手の胸へ目を戻した。
「このくらいだったか」
「うん。ノエルは、もう少し肘を下げてたと思う」
町の稽古会から帰った翌日、二人は宿屋の裏庭で、見てきた構えを確かめていた。
低いところから剣が伸びてくると、いつもの高さでは合わせられない。腕だけを下へ動かすと、今度は肩が前へ出すぎた。
レオンは半歩下がり、身体ごと距離を取った。
木と木が触れる。
「今のは、受けられた」
トーマが剣を戻した。
「じゃあ、そっちもやってみろよ」
レオンはうなずき、ノエルの立ち方を思い出した。
*
昼寝の前、レオンは光の板を呼び出した。
今日は低い構えから剣を動かす練習を残すつもりだった。
けれど、空いた二本の線を見ているうちに、別の一振りを思い出した。
ダリオの剣。
肩へ触れられたとき、自分の足は、まだ下がり始めてもいなかった。
あの動きを、眠っている間に覚えられないだろうか。
レオンは木剣を構えた。
ダリオが足を出したところを思い浮かべ、自分でも踏み込んでみる。
木剣が下りた。
遅い。
足も、腕も、見たときと同じには動いていなかった。
それでも、頭に残っている形を、板へ伝えようとした。
「あの一振りを……」
線の端に、光が瞬く。
だが、動作を残そうとしても、いつものようには文字が定まらなかった。
ダリオの腕を思い出すと、足の動きが曖昧になる。足を考えると、どの位置から剣が下りてきたのか分からなくなった。
レオンは意識を解いた。
板には、何も残っていない。
*
「寝ないのか?」
入口から、トーマが顔を出した。
レオンは木剣を下ろした。
「ダリオの動きを、試してた」
「できるのか」
「ううん。何をしてたのか、ちゃんと思い出せない」
トーマが小屋へ入り、少し離れた場所に立った。
「こうじゃなかったか」
剣を構え、踏み込む。
確かに、見覚えのある形だった。けれど、あの速さとは違う。
トーマも木剣を下ろした。
「……同じようには、動かないな」
二人で、しばらく黙った。
レオンが普段残しているのは、自分でできた動きだ。肩の位置を直し、剣先を確かめ、これならいいと思ってから繰り返している。
今は、その最初の一度ができていなかった。
「ベルクさんが、すぐ真似しようとするなって言ったの、これかな」
「そうかもしれない」
レオンは足を元の場所へ戻した。
できない一振りを思い出そうとするほど、肩に力が入っていた。
*
その日の夕方、厨房へ薪を運ぶと、旅の女が竈のそばにいた。
火が弱くなっていたらしい。主人の頼みを聞き、指をかざすと、赤い火が薪の端へ移った。
レオンは足を止めた。
「火の魔法、見るのは初めてかい」
女が振り返った。
「前に、見たことはあります」
家にいたころ、教師が見せてくれたことがあった。
同じように指を向けても、レオンには何も起きなかった。魔法を使うには、それに対応したスキルが必要なのだと教わっている。
「きれいに、薪へ移るんですね」
「服へ移したら困るからね。初めは、ちょうどいい火にするのも難しかったよ」
女は指を引き、主人から水の器を受け取った。
「火を大きくするより、こういう仕事の方が練習になることもある」
レオンは竈を見た。
炎は、もう普通の薪の火になっていた。
指の形を覚えるだけでは、あの火は灯らない。レオンにも、それは分かる。
ダリオの一振りにも、見えた形だけでは埋まらない何かがあったのだろうか。
*
次の朝、レオンはガルドと薪を束ねた。
縄を引き、ほどけないように結ぶ。以前より、一束を持ち上げるのが楽になっていた。
手が大きくなったわけでも、特別な力を授かったわけでもない。
運んできた分だけ、身体が慣れている。
「どうした。薪ばかり見て」
ガルドに聞かれ、レオンは束を置いた。
「できない動きは、眠ってても、まだできないんだなって」
「そうなのか」
「はい。できることなら、何度でも繰り返せるんですけど」
ガルドは結び目を確かめ、次の縄を取った。
「じゃあ、今日はそっちをやれ。俺も、この手が届かん束は、二つに分けて運ぶ」
レオンは小さく笑った。
*
宿屋へ着くと、トーマが先に木剣を構えていた。
今日は低い構えだった。
レオンも木剣を取る。
ダリオの速さを思い出す代わりに、目の前の剣がどこを通るかを見た。
一度目は、下げた腕が伸びきった。
二度目は、足を引くのが遅れた。
三度目で、肩を前へ出さずに受けられた。
トーマの木剣が戻る間、レオンも腕を戻した。足を元へ寄せ、もう一度、同じくらいの速さで来てもらう。
今度も、剣先を外へ流せた。
稽古会で、ダリオの前では何が起きたかを追うので精いっぱいだった。今は、肘が伸びすぎたときの違いまで、手元で分かる。これなら、繰り返す前に自分で直せそうだった。
「今の、もう一度やろう」
トーマが言った。
レオンはうなずいた。
昼寝へ持っていくのは、この一度でいい。
今日、自分でできたものを、明日もできるようにする。
その先をどこまで繰り返せるのか、フルオートには、まだ聞きたいことがたくさんあった。




